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出会った巨樹

巨樹・巨木・古木・・・ほとんど樹木です。命の大きさ、土地の歴史、人とのつながり・・・巨樹信仰そのものや、御神木の多い神社の原初にも興味を持ち始めました。縄文時代や遺跡のことなども少しづつ載せていきたいです。

慈雲寺の天桂松 

「天桂松」は樹齢400年以上のアカマツで、慈雲寺第7代住職・天桂玄長禅師が植えたとされ、その名がつけられています。主幹の地上3m位の高さで六つに枝分かれし、東西に17m、南北に13m伸びています。

●長野県諏訪郡下諏訪町
●下諏訪町指定天然記念物
樹高4.5m
幹周根囲1.5m
推定樹齢
※(公財)八十二文化財団 信州の文化財

●周辺巨樹 諏訪大社下社春宮の結びの杉とケヤキ(約300m) 御作田神社のスギ(約700m) 青塚古墳のケヤキ群(約1.2㎞) 諏訪大社下社秋宮の寝入りの杉(約1.3㎞) 専女の欅(約1.3㎞) 秋宮恵比寿社のケヤキ(約1.4㎞)
●撮影年月日 2022年5月9日

220509慈雲寺天桂松①

220509慈雲寺天桂松④

220509慈雲寺天桂松⑤

220509慈雲寺天桂松⑥

220509慈雲寺天桂松⑦


帰錫庭(きしゃくてい)と呼ばれる枯山水が見事です。
220509慈雲寺天桂松⑧

220509慈雲寺天桂松⑨

220509慈雲寺天桂松⑩

裏の池泉庭園も素晴らしい。
220509慈雲寺天桂松⑪


慈雲寺
春宮の鎮護を目的に建てられた鬼門寺です。開基は諏訪大社下社大祝の金刺満貞、正安2年(1300)に一山禅師により開山。開山以降、鎌倉五山、京都五山の住職を歴任する高僧の住職が続き、五山の列に入るといわれた寺格を有しました。梵鐘は県指定文化財、本堂と楼門は町指定文化財です。
220509慈雲寺天桂松⑫

220509慈雲寺天桂松⑬

住所 長野県諏訪郡下諏訪町東町606
交通 JR中央東線「下諏訪駅」より約1.3㎞

慈雲寺MAP

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Posted on 2022/06/24 Fri. 06:51 [edit]

thread: 植物の写真

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長野県  /  TB: 0  /  CM: 0

波志江(はしえ)の大シイ 

住宅街の小さな児童公園「シイノキ公園」に立つスダジイです。伊勢崎市のHPによると、ハンザイケ(半在家)と呼ばれた旧矢内家の邸内にあったということです。

●群馬県伊勢崎市
●伊勢崎市指定天然記念物
案内板(2001)※(2021)
樹高約15m7.5m
幹周4.75m4.9m(地際0.5m)
推定樹齢約600年
※(公社)群馬県緑化推進委員会HP

●撮影年月日 2022年4月26日

葉が生い茂っていた頃の写真を見て行きましたが、残念ながら衰えが進んでいました。周辺の宅地化に伴い整枝されたそうで、その結果なのかもしれません。
220426波志江の大シイ①

220426波志江の大シイ⑥

道路側から。
220426波志江の大シイ③

220426波志江の大シイ④

黄葉も目立ちますが、生きよう生きようと頑張っています。
220426波志江の大シイ⑤


住所 群馬県伊勢崎市波志江町2160番地3
交通 JR両毛線・東武伊勢崎線「伊勢崎駅」南口より いせさきしコミュニティバス「あおぞら」波志江・赤堀・あずま連絡バス「国定駅南口」行き乗車「波志江駐在所」下車約210m
また「あおぞら」赤堀シャトルバス「カリビアンビーチ」行き乗車「華蔵寺公園東」下車約1.9㎞
伊勢崎市コミュニティバス情報

波志江の大シイMAP



Posted on 2022/06/21 Tue. 05:02 [edit]

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群馬県  /  TB: 0  /  CM: 2

野の大クスノキ 

野の大クスノキは個人の敷地内にありますが、自由に見学ができます。推定樹齢600年とは思えない樹冠のすばらしさで、生命を謳歌しているような存在です。またクスノキは暖地に多いのですが、北限に近く生えているのは貴重です。

●群馬県桐生市
●群馬県指定天然記念物
案内板(2017)※(1988)
樹高約27m20m
幹周約7.7m7m
推定樹齢約600年300年以上
※環境省 巨樹・巨木林データベース

●撮影年月日 2022年5月16日

220426野の大樟①

緑の入道雲のよう。
220426野の大樟②

220426野の大樟③

合体木のように見えます。地上約5mで幹は4本に分かれています。
220426野の大樟⑥

自分の目の高さで葉をまじかに見れるとは。5月~6月頃に小さな黄緑色の花を咲かせます。
220426野の大樟⑦


住所 群馬県桐生市新里町野311
交通 JR両毛線・東武伊勢崎線「伊勢崎駅」南口より いせさきしコミュニティバス「あおぞら」赤堀シャトルバス「カリビアンビーチ」行き乗車「香上林」下車約400m
伊勢崎市コミュニティバス情報
または上毛電鉄「新里駅」より約2.3㎞

大クスノキMAP


Posted on 2022/06/18 Sat. 04:53 [edit]

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群馬県  /  TB: 0  /  CM: 0

瀬谷海軍道路の桜並木 

横浜市瀬谷区にある海軍道路は、約2.8㎞に渡って桜並木が続くお花見スポットです。平成28年(2016)環状4号線の整備に伴って、海軍道路入口付近の約50本が伐採され、現在は約340本。

横浜市は、桜の老朽化で存続が難しいことを挙げ、令和9年(2027)に開催の国際園芸博覧会の会場になることを機に、226本を伐採し新たな桜並木を整備する方針です。

●神奈川県横浜市瀬谷区
●伐採予定 226本
●撮影年月日 2022年6月1日

5月中旬、二つの市民グループが伐採見直しの署名を市に相次いで提出しました。「上瀬谷の未来を考えよう会」は、陳情書とネット署名(3万5千人)の他、有志による質問書を市長へ提出しました。1か月以上を過ぎても回答はされていません。

上瀬谷の未来を考えよう会有志による質問書
220601瀬谷海軍道路①

桜の伐採について、有志が瀬谷土木事務所・都市整備局上瀬谷整備推進課に問い合わせた結果、「伐採予定の桜は植樹39~40年。樹木医が毎年診断して危険木はその年度内に順次伐採している。管理は枝払いと殺虫剤打込みのみで施肥等の樹木への養生は行われていない。今回の伐採計画は桜の健全度にかかわらず伐採する。老朽化が伐採の理由ではなく、横浜国際園芸博覧会のために道路を拡幅するので伐採が必要となった」ということです。
伐採するから維持管理もされずほったらかしという感じ。雑草も伸び放題。
220601瀬谷海軍道路⑤

市もかつては大切にしてきた・・・
220601瀬谷海軍道路③

海軍通りの東の広大な上瀬谷通信施設敷地(写真の左側)は、旧日本海軍の施設でしたが、昭和26年(1951)3月から「上瀬谷通信施設」として米海軍に管理されていました。米軍主催でサクラ祭りが開催され、平成27年(2015)6月30日に日本に返還後も広場として開放されてきましたが、現在は立ち入り禁止になっています。
220601瀬谷海軍道路⑥

立ち入り禁止になった原因を、会が南関東防衛局に問い合わせたところ「土壌汚染対策法により設置した」との回答だったとのこと。上瀬谷通信施設跡地の国有地内だけで66ヵ所(2021年の追加調査により10区画増加)の地点から鉛・ヒ素などの有害物質が検出されていたことが分かりました。情報の公表や調査責任はどこか、開発に伴う土の搬出先、処理方法などの回答も求めています。
220601瀬谷海軍道路④


国際園芸博覧会が終わった後のテーマパーク構想もすでにでき上がっていました。
「最先端テクノロジーを駆使して圧倒的感動と興奮体験を生み出す」「自然への没入を通じて人の生きる熱量が育まれる世界」ということです。

旧上瀬谷通信施設跡地開発 これまでの検討内容のご報告(2022年4月)

南北に走る道路が海軍道路(画像をクリックすると拡大します)
観光-賑わいゾーン開発計画検


総務省HPにある2050年までに達成させるムーンショット構想「人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」を思い出しました。本当の自然を壊し、仮想の自然を刺激的に体験させていくということでしょうか。桜並木だけでなく、上瀬谷通信施設跡地の川・樹林・湿地・草原・営農地等を全部破壊して作り上げる自然や農とは何でしょうか。(画像をクリックすると拡大します)
人の生きる熱量がはぐくまれ

Posted on 2022/06/15 Wed. 06:26 [edit]

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伐採問題  /  TB: 0  /  CM: 0

馬場大門のケヤキ並木 

馬場大門のケヤキ並木は大國魂神社の参道で、ケヤキ並木としては国内で唯一の国指定天然記念物です。かつては両側に馬場があったことから馬場大門の名が残ります。ケヤキ並木の起源は、康平5年(1062)源頼義・義家親子が東北遠征の祈願成就のお礼として、苗木千本を寄付したのが始まりと伝えられています。

●東京都府中市
●国指定天然記念物
●周辺巨樹 大國魂神社の巨木たち 矢島稲荷の大ケヤキ(約300m)
●撮影年月日 2022年5月3日

全長約600mのけやき並木。
現在のケヤキ並木は、慶長年間(1596~1615)徳川家康が二筋の馬場を寄進し、両側に土手を築いてケヤキの苗を植えたのが始まりです。
220419馬場大門ケヤキ①

ケヤキはだいぶ更新されていますが、巨木もあります。
220419馬場大門ケヤキ②

ケヤキ並木の保護更新プロジェクトとして、2021年11月に東京都立農業高校・府中第一小学校・府中第一中学校の3校の生徒・児童の皆さんが拾い集めたケヤキの種。2022年3月8日にケヤキ並木の植栽帯に種まきをしました。次世代後継樹を育成して未来につなげていきます
220419馬場大門ケヤキ③


住所 東京都府中市宮町・寿町
交通 京王線「府中駅」下車

馬場大門ケヤキ並木MAP


Posted on 2022/06/12 Sun. 04:57 [edit]

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大國魂神社の巨木たち 

大國魂神社は巨木が多く、イチョウ、ケヤキ、ムクノキ、モミノキ、コウヨウザンなどが府中の名木百選に、境内の一部の樹木が市指定の天然記念物になっています。

●東京都府中市
●府中市指定天然記念物(大國魂神社境内樹木の一部) 府中の名木百選
●周辺巨樹 馬場大門のケヤキ並木 妙光院の銀杏(約110m) 矢島稲荷の大ケヤキ(約700m)
●撮影年月日 2022年4月19日

鳥居前のケヤキ(府中の名木100選 幹周6.8m 樹高7.0m(1988))
鳥居の手前両側にケヤキの巨樹が2本立ち、鳥居向かって右側です。馬場大門ケヤキ並木の最初の一本が、旧甲州街道によって並木と切り離されたものという説があります。
220419大國魂神社①

参道に入ると左手にも大きなケヤキ。
220419大國魂神社②

社殿の西側の授与所・待合所の裏、東照宮の敷地角のケヤキは幹周5m 樹高34.6m(案内板 1986)
220419大國魂神社③

南に道なりに進むとムクノキの巨木。奥の斜めの木の先にもムクノキ巨木、突当たりにイチョウの御神木。
220419大國魂神社④

イチョウに近いムクノキ(府中の名木100選 幹周5.0m 樹高28m(1988))
220419大國魂神社⑦

御神木の大イチョウ。幹周8.6m 樹高20.3m(案内板 1986)
主幹は失われています。
220419大國魂神社⑨

大國魂神社のHPによると「大國魂神社の七不思議」の中に「大銀杏の蜷貝(にながい)」の言い伝えがあり、この大銀杏の根元には蜷貝が住んでいて、産婦の乳がでない時、この蜷貝をせんじて飲むと乳の出が良くなったとのことです。近年は、手を合わせると産後の肥立ちがよくなるといわれているそうです。
220419大國魂神社⑩

2008年9月4日撮影の時のイチョウ。細かい根が多く見えます。
081.9.4 府中0015


西側駐車場の一番太いケヤキ(2008年9月4日撮影) 府中の名木百選 幹周7.2m 樹高29m(1988)
081.9.4 府中0031


大國魂神社
第12代景行天皇41年(111)5月5日大神の託宣に依って創建されたと伝えられています。御祭神はを武蔵国の守り神の大國魂大神(オオクニタマノオオカミ)。大化の改新(645)後、武蔵の国府を置き国衙の斎場とし、国司が奉仕し国内の祭務を総轄する所にあてられました。
220419大國魂神社⑪

住 所 東京都府中市宮町3-1
交 通 JR武蔵野線「府中本町駅」より北東200m

大國魂神社MAP

Posted on 2022/06/09 Thu. 05:56 [edit]

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旧相原高校のクスノキ 

神奈川県相模原市の「橋本駅」南口の目の前、現在はリニア駅建設のため立入禁止になった広大な敷地に立つ、地域の人に親しまれてきたクスノキも伐採されようとしています。クスノキは関東大震災(1923)のあった年、県立相原高校の開校記念に植樹されました。

下記に詳しく載っています
リニアと再開発にゆれる橋本駅前「樹齢100歳トトロの木、相原高校のシンボルツリー・クスノキ」を守る裁判応援プロジェクト

●神奈川県相模原市緑区
※(2009)
樹高15m
幹周4.7m
推定樹齢約100年
※保存樹木立て札

●伐採 2019年約1,000本伐採 残る巨木クスノキが伐採予定
●撮影年月日 2022年4月30日

Googleマップより2017年の画像。
かつては駅前にあった県立相原高校。農業を学ぶ学校として3万坪の広大な土地に1,000本以上の樹木や畑、多種の野鳥や昆虫が棲む自然保護区のような場所で、駅利用者は構内の通り抜けができ、多くの人が自然の恩恵を受けていました。
220430-2017年地図データ

Googleマップより2022年の画像。
約1,000本あった樹木のほとんどは伐採されました。リニア駅の2027年開業に向けて

220430-2022年地図データ

広大な敷地が高いフェンスで囲われています。クスノキは上の方しか見えません。
220430橋本のクスノキ①

隙間からやっと撮ることができました。
220430橋本のクスノキ②

平成21年(2009)にクスノキ保存樹木指定記念式典も行われたクスノキです。立て札が立っています。伐採のために保存樹木の指定が解除されたそうですが、立て札はまだ残っていました。
220430橋本のクスノキ③

写真ボケましたが、何とか読めます。「大正11年創立時に植えられ、永く相原高校のシンボルとして親しまれている」とありました。
220430橋本のクスノキ④


住所 神奈川県相模原市緑区橋本 橋本駅南口
交通 JR横浜線・相模線・京王電鉄相模原線「橋本駅」下車

橋本駅MAP


Posted on 2022/06/05 Sun. 04:32 [edit]

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伐採問題  /  TB: 0  /  CM: 2

百草のシイノキ群 

京王線の百草駅に近い大宮神社の脇から七生丘陵散策路東コースがあり、散策を楽しみながら百草園に隣接した八幡神社の近くまで行かれます。シイノキ群は八幡神社の裏手の森で、スダジイやシラカシ、アラカシが群生しています。中でも2本のスダジイの巨木は、どちらも合体木ですが森の主といった迫力があります。

●東京都日野市
●日野市指定天然記念物
2本※(2000)
樹高各10m
幹周5.5m(4本立)・4.8m(2本立)
推定樹齢100~190年
※環境省 巨樹・巨木林データベース

●周辺巨樹 落川神明神社のケヤキ(約600m) 高幡若宮神社のケヤキ(約2.1㎞)
●撮影年月日 2022年4月19日

一番大きいスダジイ。4本の株立ち。
220419百草八幡神社③

220419百草八幡神社①

220419百草八幡神社⑤

2番目に大きい。2本の株立ち。
220419百草八幡神社⑦

220419百草八幡神社⑧

220419百草八幡神社⑨

裏山に松連寺碑。八幡神社裏手はかつて松連寺が管理していました。
220419百草八幡神社⑪


百草八幡神社
創建は不明ですが、古くは古八幡宮と称されました。
御祭神は、八幡神であるホンダワケノミコト(別名:応神天皇)、オキナガタルヒメノミコト(神功皇后)、武内宿禰(たけうちのすくね)
源義家(みなもとよしいえ)。
220419百草八幡神社⑩

ペットみたいな狛犬
220419百草八幡神社⑫ 220419百草八幡神社⑬

住 所 東京都日野市百草867
交 通 京王線「百草園駅」より約m

百草のシイノキ群MAP


Posted on 2022/06/02 Thu. 06:09 [edit]

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落川神明神社のケヤキ 

大きなコブを持つ古木風情のあるケヤキです。神社の創建が寛政8年(1797)で225年前。それ以前よりケヤキはあり、このケヤキの傍らに神社が建立されたのかもしれません。神社のシンボルのようなケヤキです。

●東京都日野市
●日野市保護樹木
※(2000)実測(2021)
樹高20m約16m
幹周4.98m約5.55m
推定樹齢300年以上
※環境省 巨樹・巨木林データベース

●周辺巨樹 百草八幡神社のシイノキ群(約900m)  高幡若宮神社のケヤキ(約2.1㎞)
●撮影年月日 2022年4月19日

220419落川神明神社欅①

かなり狭いところで頑張っています。
220419落川神明神社欅②

220419落川神明神社欅③

フェンスを派手に超えています。木にとっては大地に境界なんて価値観無いですから。
220419落川神明神社欅④


落川神明神社
落川村の小名下落川の鎮守として寛政8年(1797)創建。昭和57年(1982)9月の改築記念石碑があります。
御祭神は、高天原を統一した主宰神で皇祖神オオヒルメノミコト(アマテラスオオミカミ)、国造りの神オオナムチノミコ(オオクニヌシノミコト)ト、同じく国造りを行ったスクナヒコノミコト。
220419落川神明神社欅⑤

住 所 東京都日野市落川649
交 通 京王線「百草園駅」より約350m

落川神明神社MAP


Posted on 2022/05/29 Sun. 06:10 [edit]

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高幡若宮神社のケヤキ 

高幡不動駅北口すぐそばにある神社。社殿は新しいですが、鳥居側と社殿側の2本の巨木ケヤキが神社の歴史を伝えています。

●東京都日野市
※(2000)実測(2022)
樹高20m 25m
幹周3.5m 3.2m4.12m 4.06m
推定樹齢300年以上
※環境省 巨樹・巨木林データベース

●周辺巨樹 とうかん森(約1.3㎞) 石田寺のカヤ(約1.4㎞) 百草のシイノキ群(約2.1㎞) 落川神明神社のケヤキ(約2.1㎞)
●撮影年月日 2022年4月19日

社殿そばのケヤキは、根がどっしりして枝葉も多い。
220419高幡若宮神社①

220419高幡若宮神社③

どの切断切口も生長と共に埋もれて丸くなっています。
220419高幡若宮神社④

鳥居側のケヤキの方が幹周があります。
220419高幡若宮神社⑤


高幡若宮神社
創建年代等は不明ですが、駅の反対側の金剛寺(高幡不動尊)の御本尊、不動明王の傍らの二童子を彫刻した彫刻師の旅僧との別れをきっかけとして別旅明神社として創建されたと伝わります。大正時代初期に愛宕山(高幡山)山頂に祀られていた愛宕社を合祀。御祭神はホンダワケノミコト、カグツチノミコト。
220419高幡若宮神社⑥

住 所 東京都日野市高幡352
交 通 京王線・京王動物園線「高幡不動駅」北口より約58m

高幡若宮神社MAP


Posted on 2022/05/27 Fri. 05:17 [edit]

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石田寺(せきでんじ)のカヤ 

石田村に生まれた土方歳三、近くのカヤの残る「とうかん森」では土方歳三が幼少のころ遊び、カヤのある石田寺には土方歳三の墓があります。カヤは樹齢400年以上と伝わりますが、樹勢があり密な枝葉が形よく樹冠を作っています。

●東京都日野市
●日野市指定天然記念物
案内板実測(2022)
樹高約26m
幹周4.2m約4.96m
推定樹齢400年以上

●周辺巨樹 とうかん森(約230m) 高幡若宮神社のケヤキ(約1.4㎞)
●撮影年月日 2022年4月19日

220419石田寺カヤ①

220419石田寺カヤ②

220419石田寺カヤ③

220419石田寺カヤ④


石田寺
康安元年(1361)吉祥坊慶誉が天下泰平・国家安穏を祈願して堂宇を建立したのが始まりです。一時は廃寺となりましたが、天文13年(1544)7月9日、大雨で多摩川に大洪水となり、立川の光堂から十一面観音像がこの地に流れ着きました。観音堂を建立し安置し大いに信仰されました。文録2年(1593)慶心沙門が本堂を再建して石田寺と号しました。
220419石田寺カヤ⑤

本堂真正面の観音堂(復元)。多摩川の氾濫で流れ着いた十一面観音像が安置されています。
220419石田寺カヤ⑥


住 所 東京都日野市石田1-1-10
交 通 多摩モノレール「満願寺駅」下車約550m

石田寺MAP



Posted on 2022/05/25 Wed. 05:57 [edit]

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とうかん森 

「とうかん森」、現在は森はありません。宝永5年(1708)にまで遡る歴史の稲荷社がかつてはあり、地元の土方一族(十家余)が祀ってきました。稲荷社を囲むようにして「とうかん森」と呼ばれる森があったそうで、土方歳三が幼少時よく遊んだそうです。現在はカヤが2本残され往時の歴史を伝えています。

日野市観光協会HP「新選組のふるさと日野」より抜粋
2011年2月、住宅が迫った「とうかん森」では、将来にわたって稲荷の森を守るため、ほとんどの木を伐採する「大手術」が行われました。そして、今年(2019)氏子の方々はこれから先の維持に困難を感じ、お稲荷様を返納する決断をされました。

●東京都日野市
●日野市指定天然記念物
●周辺巨樹 石田寺のカヤ(約230m) 高幡若宮神社のケヤキ(約1.3㎞)
●撮影年月日 2022年4月19日

案内板の写真より
220419とうかん森

道路寄りに若いカヤ、奥に先輩カヤ。
220419とうかん森①

220419とうかん森②

幹は大量のひこばえで幹周測りは難しく、根回約4.57m。
220419とうかん森③

220419とうかん森④

蕾がいっぱい。
220419とうかん森⑤


住所 東京都日野市石田1-23-3
交通 多摩モノレール「満願寺駅」より約400m

とうかん森MAP




Posted on 2022/05/22 Sun. 05:12 [edit]

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影向寺(ようごうじ)の乳イチョウ 

迫力ある大イチョウです。衰えと新たな生長入り交じり、大地と天の気を吸い上げて外に向かって放出するような大いなる生命体。現在は枝が落とされて樹冠は小さくなっていますが、枝落としされる前の姿を見てみたかったです。

●神奈川県川崎市宮前区
●かながわの名木100選 川崎市地域文化財 川崎町の樹50選
※解説碑
樹高28m
幹周8.0m
推定樹齢約600年
※かながわ名木100選

●周辺巨樹 泉福寺のイチョウ(約2.8㎞)
●撮影年月日 2022年3月29日

台風で枝が落ちたため、被害防止のため剪定されています。
220329影向寺乳イチョウ①

ひこばえが大きく生長。全てが合体した未来の姿を思います。
220329影向寺乳イチョウ③

大量の乳根が下がっています。このイチョウは乳信仰があり、『かわさきのむかし話』(萩坂昇 1986)に乳いちょうのお話があります。乳が出なくて困っていた母親が赤ちゃんを抱いて小倉池のほとりにいると光った玉が浮いてきました。「あの玉をのめば乳が出る」という声が聞こえましたが、風に吹かれて玉は飛んでいき、母親は夢中で追いかけました。いつの間にか影向寺にいて、石灯篭の中に光の玉がありました。取ろうとすると「薬師堂そばのいちょうにさがっている乳を取って煎じて飲むが良い」という声がして玉はパッと消えてしまいました。母親はイチョウの乳根を削り取って煎じて飲んだところ乳が出るようになったということです。
220329影向寺乳イチョウ⑥

220329影向寺乳イチョウ⑦


影向寺
川崎市最古の寺院で縁起によれば、天平11年(739)光明皇后が重い病になり、聖武天皇が全快を薬師如来に祈ったところ、夢の中に僧が現れ、武蔵の国橘樹郡橘郷に霊石があり、その地に伽藍を建立し、薬師如来を安置し奉るならば、皇后の平癒となるでありましょう、と告げました。天皇は、高僧・行基を遣わし祈願させたところ、霊験あらたかで皇后は快癒され、翌年、天皇の勅命によりこの地に伽藍が建てられました。
220329影向寺乳イチョウ⑧

220329影向寺乳イチョウ⑨

住 所 神奈川県川崎市宮前区野川本町3-4-4
交 通 JR南武線・東急東横線「武蔵小杉駅」より東急バス「道中坂下」「鷲沼」「野川台公園」行き、または川崎市営バス「鷲沼」行きに乗車「影向寺」下車約450m

影向寺MAP


Posted on 2022/05/20 Fri. 11:56 [edit]

thread: 植物の写真

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神奈川県  /  TB: 0  /  CM: 0

明治神宮外苑の開発 

神宮外苑は、全国及び海外からの献金と献木により大正15年(1926)10月に竣工されました。国民からの献金総額は約700万円(予定450万円)、献木は54種3,190本、造営奉仕の青年団は延べ10万人でした。民意が造った外苑です。その後、明治神宮の自主財源で賄われてきたのですが、広大な敷地を一宗教団体の収入のみで維持していくには財政負担が大きすぎていたのです。

その結果、大開発の流れになっていきました。開発事業者は、三井不動産、明治神宮(開発エリアの2/3の地権者)、日本スポーツ振興センター、伊藤忠商事。東京オリンピックで新国立競技場建設時、明治神宮外苑の約1,500本の樹木はすでにを伐採されましたが、東京オリンピック後の再開発で新たに外苑樹木約1,000本伐採予定・・・

●東京都新宿区
●伐採対象 約1,000本予定
●撮影年月日 2022年5月3日

新国立競技場に新たに移植された木に異変があるという話を知り、競技場の周りを巡ってみました。北側(千駄ヶ谷方面)の方、元気の無い木が・・・
220503神宮外苑④

220503神宮外苑⑤


国立競技場と向き合うような左側の樹木は、2/3くらいを伐採予定。
外苑は自然景観の保全のため風致地区に指定され、高さ15mを超える建物は建てられないことになっていましたが、都は国立競技場を立て替えるため、高さ制限を80mに緩和しました。現在の国立競技場は49m。今後の予定は、オフィス・商業施設(185m・190m)、宿泊・スポーツ関連施設(80m)、新ラグビー場(55m)、球場併設ホテル(60m)と、超高層の建物だらけになります。
220503神宮外苑③

右側は神宮第二球場。ここはラグビー場棟に変更拡大、現在の秩父宮ラグビー場が新野球場になり、どちらも商業施設や宿泊施設がセットです。
220503神宮外苑⑥

神宮球場は無くなり複合施設・文化交流施設になります。木ももちろん伐採対象。「スタジアム通り」の名称も無くなりそう。
歴史ある明治神宮外苑は、商業施設・文化交流施設・宿泊施設・オフィス・駐車場だらけになります。
220503神宮外苑⑦

聖徳記念絵画館側から芝生広場、噴水、4列イチョウ方向を眺めます。
芝生広場は市民が利用できる軟式野球場ですが、会員制のテニスコート棟にして、芝生広場の周りの木は根こそぎ伐採予定。
220503神宮外苑①

噴水側から芝生広場、聖徳記念絵画館を眺めます。
大正12年(1923)9月の関東大震災では、外苑敷地全部を解放し5876坪に41棟のバラックを建て6400人の罹災者を収容、病院や浴場、公設市場を建設した記録が残っています。
開発計画では人の動線や公園の広域避難拠点としての面は全く考察されていないということです。
220503神宮外苑⑧

大正時代、造園学者たちは100年後を考えて、内苑は「自然な森」、外苑は「人々が集う庭園」となるように植樹が行われました。芝生広場を囲うように疎林を配し、更にその周辺に緑の濃い森を築きました。景観を大事に意図して植樹された樹木たちです。
220503神宮外苑⑩

噴水の右も左も伐採されます。
220503神宮外苑⑨


紅葉スポットになっている神宮外苑のイチョウ並木は、4列146本のイチョウが300m続きます。
向かって右側は空間があり広々としていますが、再開発ではイチョウ並木ギリギリまで新野球場が迫ります。景観が失われるばかりかイチョウへの影響がかなり出そうです。
220503神宮外苑⑫

絵画館が見えるショットで撮っていませんが・・・イチョウは、明治41年(1908)年から大正12年(1923)年にかけて育成し、樹高も地盤も青山通り側が高く、絵画館の方へ向かって徐々に低くする遠近法の手法をとり、絵画館が並木の先に美しく見えるよう設計されている貴重な並木です。
220503神宮外苑⑭

文化遺産保護に関わる国際的な非政府組織日本イコモス国内委員会は、2月7日の提言に続き4月26日に提案を都に提出しました。

国民の献費と献木、奉仕により創り出された優れた文化的資産である神宮外苑の未来への継承についての提言

樹木の伐採を回避し「近代日本の名作・神宮外苑」を再生する提案
220503神宮外苑⑬


住所 東京都新宿区霞ヶ丘町・港区北青山
交通 JR中央線・総武線「信濃町駅」「千駄ヶ谷駅」・東京メトロ銀座線「外苑前駅」「青山一丁目駅」・東京メトロ半蔵門線「青山一丁目駅」・都営大江戸線「国立競技場駅」「青山一丁目駅」


<参考>
『国民の献費と献木、奉仕により創り出された優れた文化的資産である神宮外苑の未来への継承についての提言』((一社)日本イコモス国内委員会)
『樹木1000本が伐採危機・・・神宮外苑、東京五輪で規制緩和「開発優先では」 日本イコモスが都へ見直し提言』(東京新聞ネット記事 2022年2月8日)
『1本ずつに歴史、代えは利かない」神宮外苑樹木伐採に石川幹子中央大教授が異義 多くは国民の献木』(東京新聞ネット記事 2022年3月2日)
『樹木伐採982本→2本でOK「逆に1000本以上植えられる」明治神宮外苑再開発、イコモスが都に提言』(東京新聞ネット記事 2022年4月27日)



Posted on 2022/05/15 Sun. 11:44 [edit]

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上三輪 熊野神社のアカガシ 

社殿向かって左側に古木の貫禄たっぷりのアカガシの御神木が立っています。かつてはケヤキやサワラの巨樹もあったそうで、異種の巨樹が立ち並び壮観だったことでしょう。

●東京都町田市
●町田市保護樹木 町田市名木百選
保護樹木解説札※(2000)
樹高15m18m
幹周5.2m5.3m
推定樹齢300余年300年以上
※環境省 巨樹・巨木林データベース

●撮影年月日 2022年3月29日

220329上三輪熊野神社①

220329上三輪熊野神社②

220329上三輪熊野神社③

220329上三輪熊野神社④

参道側にケヤキの切株。『町田市史 下巻』(1976)に「二丈をめぐる大欅があったが、枯損したため伐採してしまった」との記載があります。保護樹木解説札によると、かつては参道を挟んでサワラの巨樹もあったそうですが、相次ぐ台風や落雷で2本とも失われました。
220329上三輪熊野神社⑤

社殿裏手に梛の木。平成10年(1998)11月に熊野速玉大社(新宮)の天然記念物「梛の木」の種子を戴き、育てた木です。
220329上三輪熊野神社⑦


上三輪熊野神社
元慶元年(877)大和国の城上郡三輪の里より勧請したとの伝承があります。明和4年(1767)熊野神社別当高蔵寺法印亮恰により社殿を造営。上三輪の鎮守だったといいます。御祭神は、国と自然を産んだイザナギノミコト、イザナミノミコトの夫婦神。本殿は町田市指定有形文化財です。
220329上三輪熊野神社⑥

住 所 東京都町田市三輪町1925-1
交 通 小田急小田原線「鶴川駅」より約1.2㎞

上三輪 熊野神社MAP


Posted on 2022/05/13 Fri. 05:36 [edit]

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泉福寺のイチョウ 

川崎市の重要歴史記念物指定で泉福寺所有の『板面着色絵馬 泉福寺薬師会図』(嘉永7年(1854)には、薬師堂内の薬師如来像や境内の大イチョウが描かれています。江戸時代からすでに存在感のあるイチョウです。

●神奈川県川崎市宮前区
●川崎市保護樹木
※(2000)
樹高24m
幹周6.1m
推定樹齢300年以上
※環境省 巨樹・巨木林データベース

●周辺巨樹 影向寺の乳イチョウ(約2.8㎞)
●撮影年月日 2022年3月29日

220329泉福寺イチョウ①

220329泉福寺イチョウ②

220329泉福寺イチョウ③

イチョウの近くに花供養塔。
馬絹は花や植え木の栽培を生業にしていた農家が多く、花に感謝し花の霊を慰めるため、平成15年(2003)に花の生産組合や農業協同組合が建立。花供養のまつりも年に1回行われています。
220329泉福寺イチョウ④


泉福寺
泉福寺のHPによると、当山の歴史は定かではありませんが、義天法印によって開基されたと過去帳に記されています。中興は智賢法印。現在の本堂は1847年(1847)に老朽のため建て替えられたものです。
220329泉福寺イチョウ⑤

住 所 神奈川県川崎市宮前区馬絹2-9-1
交 通 東急田園都市線「宮崎台駅」下車約800m

泉福寺MAP


Posted on 2022/05/10 Tue. 20:28 [edit]

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神田警察通りの街路樹 

千代田区の神田警察通りのイチョウ並木。歩道拡張のため伐採工事をすると通告された4月26日夜、住民たちが1本1本の木に数人づつしがみつき守る姿勢を貫きました。工事関係者も車両もいなくなったので、保存を求める住民たちは現場に4人を残して一旦引き上げた30分後くらい(4/27午前零時半ごろ)、工事車両が続々と集まり抗議する住民を警察官数十人が取り囲み2本のイチョウを伐採しました。

●東京都千代田区
●伐採対象 イチョウ30本(他2本を他へ移植)予定
●撮影年月日 2022年5月3日

伐採されたイチョウは、何故かブルーシートがしっかり巻かれていました。
2013年3月の千代田区の「神田警察通り沿道にぎわいガイドライン」では「街路樹の保全・育成」「既存の街路樹の活用」だったのが、いつの間にか「歩道の整備や拡張のために街路樹を伐採」となり、住民に計画の説明はあったが、伐採は伝えられなかったということです。
220503神田警察通り①

イチョウに取り付けられている伐採のお知らせ。(画像をクリックすると大きい画像に)
東京新聞がまとめた経緯によると、昨年秋での区議会では伐採について住民への周知徹底を求めていたが、住民説明会は伐採予定の1月中旬の直前1月8日。住民らの強い反対を受け一旦は中止、4月9日開催された住民協議会は物別れに終わり、4月13日に区は4月下旬に伐採することを通知、4月14日反対する住民たちが保存の要望書を新たに提出、4月21日「区が整備方針のガイドラインを意見公募にかけずに改定し予算執行することは区の要綱に反する」として住民監査請求をしましたが、監査結果が出る前に伐採は強行されました。
220503神田警察通り②

イチョウを伐採し歩道を拡張し中央にヨウコウザクラを植える予定。勧告のイメージ図では、狭い植え升に細い幹ですが、ヨウゴウザクラ調べると、寿命は100年以上とされ樹勢も良い。歩道の中央に植えるのは将来的にどうなんだか。また、徒長枝やからみ枝が多く、樹形はまとまりにくい。剪定には弱く、下手に剪定すると樹勢が衰え花数が減るとありました。
220503神田警察通り③

歩道の拡張目的なので、歩いてみると確かに狭い道もありますが、このような私有地スペースも結構あり・・・
220503神田警察通り⑤

ここなど更に広いではないですか。
伐採のお知らせを見ている人たちがいました。
220503神田警察通り⑥

同じく伐採反対の住民運動が起きていた「明大通り」は、プラタナスが守られて歩道拡張工事中。神田警察通りのイチョウも何とか残ってもらいたいものです。
220503明大通り

5月4日、伐採に反対する住民グループ「神田警察通りの街路樹を守る会」は、関心がある人に現地を見てもらう見学会を開き、約70名が参加しました。
5月6日、千代田区民10人が区を相手取り、慰謝料など計22万円の支払いを求めて東京地裁に提訴しました。



Posted on 2022/05/07 Sat. 16:09 [edit]

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金森西田 杉山神社のイチョウ 

イチョウにつけられた解説板によると、このイチョウは南北朝時代(1336~1392)、南を流れる境川対岸の大和市公所にあった高木伊勢守の城中から、朝夕拝礼されたといわれています。3回巡って祈願すれば願い事を叶えてくれるとの伝説もあります。
 
●東京都町田市
●町田市指定保護樹木 町田市名木百選
解説板(2000)実測(2022)
樹高23m
幹周5.7m6.04m
推定樹齢

●撮影年月日 2022年3月29日

220329金森西杉山神社①

220329金森西杉山神社②

220329金森西杉山神社③

小さな乳根がいっぱい出ています。
220329金森西杉山神社④

着生植物が色々で、シュロまで生えてます。
220329金森西杉山神社⑤


金森西田 杉山神社
創建は不明ですが伝承によると、南を流れる境川対岸の大和市公所にあった高木伊勢守の館の鬼門の守護神として創建されたということです。御祭神はヤマトタケル。
220329金森西杉山神社⑦

住 所 東京都町田市金森1621
交 通 田園都市線「南町田グランベリーパーク駅」より神奈川中央交通・町89「町田バスセンター」行き乗車乗車「西田峯山公園前」下車約350m

金森西田 杉山神社MAP




Posted on 2022/05/05 Thu. 05:57 [edit]

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伊賀野のモミ 

根がどっしりした貫禄ある巨樹。昭和20(1940)年の沢渡の大火で、この付近の山や民家は全部消失しましたが、この木だけは残りました。しかし、平成20年(2008)の風水害で頂上から7mまでの主幹が損傷しました。 

●群馬県吾妻郡中之条町
●群馬県指定天然記念物
案内柱(2014)※(2000)
樹高28m40m
幹周6.7m6.33m
推定樹齢400年以上
 ※環境省 巨樹・巨木林データベース

●撮影年月日 2017年4月24日

※2022年5月3日追記
映画『山歌』のロケ地になりました。(画像をクリック)
20220503山歌


170424伊賀野のモミ①

2015年の大雪で、北側の枝が失われたそうです。
170424伊賀野のモミ③

170424伊賀野のモミ④


ウラシマソウです。名前の由来は、先端が浦島太郎の釣り糸のようだから。
170424伊賀野のモミ⑤


●撮影年月日 2005年11月7日
群馬県 伊賀野のモミ

2005_110705.11群馬00321

2005_110705.11群馬00281

住 所 群馬県吾妻郡中之条町下沢渡
交 通 JR吾妻線「中之条駅」よりバス「沢渡」行き乗車「八尺」下車約1.1㎞
関越交通バス情報

伊賀野のモミMAP

Posted on 2022/05/04 Wed. 11:00 [edit]

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草木塔(そうもくとう) 

草木塔(そうもくとう)とは、草木に感謝し、その成長を願って建立されたと伝えられる石碑で、山形県に多いそうですが、東京にもありました。町田市は里山の自然環境を保全している図師小野路歴史環境保全地域があり、万松寺側入口に2019年に建立された新草木塔、そこから約900m離れて、日本一古いのではと推測される旧草木塔があります。

●東京都町田市
●撮影年月日 2022年3月29日

画像をクリックすると大きくなります。
220329草木塔③2

新草木塔は、自然愛護の精神を後世に伝えたいと、地域の方々が「草木塔を建てる会」を発足し、令和元年(2019)5月1日に設置しました。
昔の小野路村の人たちは、自生する草木で食の恵みを得、雑木林の木で大量の炭を焼いて江戸に売ったり、畑には桑を植え蚕から繭を作って売るなどして、自然の恵みのおかげで重要な産業を行って来たそうです。先代たちが築いてきた自然を大切にする心を伝えたい思いが建立につながりました。
220329草木塔①

図師小野路歴史環境保全地域に通じる道の入口にあります。
220329草木塔②

新草木塔から約900m離れた道路沿いに旧草木塔があります。
新草木塔の設置計画中に、なんと会員さん宅の裏の竹やぶから「草木塔」と彫られた自然石が出土しました。
220329旧草木塔③

右が草木塔。左は判読不明です。
(2022.5.10追記)左の塔について町田市教育委員会に伺いました。
草木塔との関連は確認できませんが、「供養塔」(「養」は異体字)と判読でき、墓地入口にあることから、先祖供養や念仏供養などの供養と思われるとのことです。
220329旧草木塔②

裏に「元文」と彫られています。元文は1736~1741年の年号です。
220329旧草木塔①


住 所 東京都町田市小野路町344 万松寺そば(新草木塔)  尾野路町1411付近(旧草木塔)
交 通 小田急小田原線「鶴川駅」より神奈川中央交通バス「町田バスセンター」「多摩センター駅」「南野二丁目」行き乗車「小野神社前」下車約250m(旧草木塔)・約650m(新草木塔)

新草木塔MAP(万松寺そば)
旧草木塔MAP(小野路子谷北緑地の西側道路沿い) 
 

Posted on 2022/05/02 Mon. 06:09 [edit]

thread: 史跡・神社・仏閣

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町田市田端環状積石遺構 

田端環状積石遺構は、田端・田端東遺構にある復元遺跡です。縄文時代中期の遺跡は、竪穴式住居跡7軒や配石2基が発見された居住の場、後期になると居住でなく墓地・祭祀の場であったと想定される遺物が出土しています。現在、発掘跡は埋め戻され盛土・整備して保存され、環状積石遺構だけが見られます。

●東京都町田市
●東京都指定史跡
●撮影年月日 2022年3月29日

1968年の発掘時(解説板より)
縄文時代後期中頃~晩期中頃(約3,900年~2,8000年前)に連続的に作られた環状積石遺構で、東西約9m、南北約7mの楕円形です。長軸上には富士山が望め、冬至には蛭ヶ岳山頂に沈む夕日を観測できます。
220329田端環状遺跡⑫

埋め戻し復元されています。
積石内部には周石墓、土壙墓に、石棒、刻線文石、大珠、玉類、土偶、耳飾り、スタンプ形土製品、注口土器、埋甕など祭祀用遺物が多数発見されました。
220329田端環状遺跡①

立石
220329田端環状遺跡③

こちらも立石と推定されています。
220329田端環状遺跡④

石棒も転がっています。
220329田端環状遺跡⑤

刻線文石。
220329田端環状遺跡⑥

こちらも刻線文石。
220329田端環状遺跡⑦

環状積石の周囲からは、周石墓7基、土壙墓25基、組石6基が出ました。
220329田端環状遺跡⑧

解説板より。
220329田端環状遺跡⑩

何もない原っぱですが、下に遺跡が埋まっています。
220329田端環状遺跡⑨

住 所 東京都町田市小山町3112-2他
交 通 京王相模原線「多摩境駅」より約500m

田端環状積石遺構MAP

その他の縄文記事

Posted on 2022/04/29 Fri. 06:31 [edit]

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田村町 星宮神社のイチョウ 

小金井街道(県道44号)沿いの星宮神社、遠くからでもすぐ分かるイチョウは『後世に残したい栃木市の文化資源48選』に選ばれています。
3月の終わりに行きましたが、地面はまだ実が沢山落ちていました。大イチョウの傍らに若いイチョウも立ち、2本とも雌木で大量の実をつけるようです。

●栃木県栃木市
●栃木市指定天然記念物 後世に残したい栃木市の文化資源48選
※(2000)実測(2022)
樹高36m
幹周6.00m約6.30m
推定樹齢
※環境省 巨樹・巨木林データベース

●撮影年月日 2022年3月29日

220320星宮神社銀杏①

220320星宮神社銀杏②

古木イチョウによくみられる乳根は無い感じ。
220320星宮神社銀杏⑥

根は泡立つようなコブ状になっています。
220320星宮神社銀杏③

目の前の停留所は「ぎんなん山」。バス停後方に見えるお堂は、丸山古墳の頂上に立つ丸山観世音菩薩堂。
言い伝えによると、坂上田村麿呂が当地に宿陣し、観音様に戦勝祈願し観音像を奉納し、杖にしていた銀杏を刺したまま東征に出発、その杖が根付いて大銀杏になったので、星宮神社を「銀杏山」、この地を「田村」と称したといわれています。
220320星宮神社銀杏④


田村町 星宮神社
『後世に残したい栃木市の文化資源48選』(栃木市教育委員会)によると、鎮座年代は不詳ですが、この地の円墳上に丸山聖観音を祀った時に、里の守護神として虚空蔵尊を奉祀したのが始まりです。明治2年(1869)神仏分離令により星宮神社に改称されました。御祭神はカグツチノカミ。境内社に稲荷神社。
220320星宮神社銀杏⑤


住 所 栃木県栃木市田村町941
交 通 東武日光線・宇都宮線「新栃木駅」東口・宇都宮線「野州平川駅」「野州大塚駅」より栃木市ふれあいバス大宮国府線乗車「ぎんなん山」下車
栃木市ふれあいバス情報

田村町 星宮神社MAP


Posted on 2022/04/26 Tue. 04:28 [edit]

thread: 植物の写真

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栃木県  /  TB: 0  /  CM: 0

星野遺跡記念館 

星野遺跡は、故斎藤恒民さんが昭和40年(1965)に縄文時代のものとは異なる石核を発見し、旧石器時代研究者の東北大学の故芹沢助教授(当時)に伝えたことが発掘調査のきっかけとなりました。

●栃木県栃木市
●撮影年月日 2022年3月29日

斎藤さんが発見した約8万年前の石核(原石から石器を作るための素材を割り取った後に残った芯材のこと)。
220320地層たんけん館⑧

文化層の資料(星野遺跡地層たんけん館の解説物より)
220320地層たんけん館⑤

各文化層から出土された石器が展示されています。
220320星野遺跡記念館①

旧石器時代の石の使い方
220320星野遺跡記念館⑥

縄文時代の石の使い方
220320星野遺跡記念館⑧

縄文時代中期の縄文土器。前期や中期の縄文時代の竪穴式住居の炉跡から出土しました。
220320星野遺跡記念館②

栃木市内の他の遺跡から出土した旧石器時代の遺跡も展示。
220320星野遺跡記念館③

第5文化層から何かの足跡が確認されました(石膏で型取りして再現)。
集合した3つのくぼみ跡が1mほどの等間隔で5か所確認されていて、何らかの大型動物の足跡ではないかということです。
220320星野遺跡記念館④


記念館に隣接した公園「星野遺跡憩の森」は調査跡地で、ここで縄文時代の住居跡など7戸が確認されたそうです。
復元されたものは、前期の住居(左)、中期の貯蔵庫(中央)、中期の住居(右)
220320星野遺跡記念館⑤

公園の休憩所にも石器や土器を展示。
220320星野遺跡記念館⑨

220320星野遺跡記念館⑩


星野遺跡記念館
記念館は斎藤さんが私財を投じて設立しました。平成19年(2007)斎藤さん亡き後は休館になっていましたが、遺族が平成29年(2017)に市へ寄贈し、市が新たな資料も加え展示リニューアルをし令和3年(2021)に開館しました。開館日は土・日・祝日です。

住 所 栃木県栃木市星野町392-4
交 通 東武日光線・JR両毛線「栃木駅」北口より栃木市ふれあいバス寺尾線「出流観音」行き乗車「星野遺跡前」下車 
栃木市ふれあいバス情報

星野遺跡記念館MAP

その他の古代記事

Posted on 2022/04/23 Sat. 05:30 [edit]

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古代・民族  /  TB: 0  /  CM: 0

星野遺跡地層たんけん館 

星野遺跡地層たんけん館は、1960年代中頃、斎藤恒民氏が当時の日本最古とされた約8万年前の石器「亀の子型石核」を発見したことより始まった遺跡発掘調査の地に建てられています。館内では深さ10mの旧石器時代からの地層を直接見ることができます。
星野遺跡発掘当時は、旧石器時代は現代より1~3万年前頃とされていたので、大きな反響を呼び賛否両論が巻き起こりましたが、その後の各地の遺跡調査で、現在は最古の石器は島根県出雲市の砂原遺跡で出土した石器が12万年前となっています。

●栃木県栃木市
●撮影年月日 2022年3月20日

発掘現場がそのまま残されています。一番古い文化層から現在まで、主に火山の噴火で運ばれた噴出物や流水で運ばれた土砂た小石などが積もり積もって10m。
堆積物で供給元が分かっているものは、群馬県浅間山(地下1.5m付近)、鹿児島県姶良カルデラ(地下2.2m付近)、群馬県赤城山(地下3.5~4.5m付近・8.8m付近・6.2m付近)、群馬県榛名山(地下4.2m付近)、富山県立山(地下7.1m付近)。
220320地層たんけん館⑥

旧石器時代は、第1~4文化層(約8千年~3万2千年前)、第5~9文化層(約3万2千年~7万5千年前)、第10~13文化層(年代は不明ですが、第13文化層は10万年以上前と考えられています)。
220320地層たんけん館⑤

地層は間近でも見られます。
220320地層たんけん館①

側面にはm表示。
220320地層たんけん館⑨

2階からも見られます。
220320地層たんけん館③

星野遺跡の本格的調査のきっかけとなった、約8万年前の石核(近くの星野遺跡記念館に展示)
220320地層たんけん館⑧


住 所 栃木県栃木市星野町504
交 通 東武日光線・JR両毛線「栃木駅」北口より栃木市ふれあいバス寺尾線「出流観音」行き乗車「星野遺跡前」下車約450m 
栃木市ふれあいバス情報

星野遺跡地層たんけん館MAP

その他の古代記事

Posted on 2022/04/20 Wed. 05:58 [edit]

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大応寺の大ヒバ 

星野遺跡記念館(旧石器時代からの遺跡が出土)の近くにある大応寺に、元和4年(1618)大応寺開山当時に植えられたと伝わるヒバが立っています。道側は枝葉が少なくなっていますが、全体的に樹形がきれいです。

●栃木県栃木市
●栃木市指定天然記念物
案内板
樹高29.4m
幹周4.4m
推定樹齢400年

●周辺巨樹 下永野 熊野神社の大杉(約2㎞)
●撮影年月日 2022年3月20日

ヒヨクヒバに似ていますが、ヒヨクヒバは近年になってからの変種なので、樹齢からするとヒバの原種ではないかと推測されています。県内でヒバの巨木はとても珍しいということです。
220320大応寺大ヒバ①

220320大応寺大ヒバ②

220320大応寺大ヒバ③

220320大応寺大ヒバ④


大応寺
曹洞宗の寺院です。元和4年(1618)開山。小山氏城(祇園城)城主小山義政の正室小山芳姫の御堂があります。
220320大応寺大ヒバ⑤

住 所 栃木県栃木市星野町
交 通 東武日光線・JR両毛線「栃木駅」北口より栃木市ふれあいバス寺尾線「出流観音」行き乗車「星野遺跡前」下車約350m 
栃木市ふれあいバス情報

大応寺MAP



Posted on 2022/04/17 Sun. 06:08 [edit]

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下永野 熊野神社の大杉 

県道32号(栃木粕尾線)から東に入った山裾に熊野神社があり、高々と立つ複数のスギが見えます。参道石段の両側に4本がまとまって立ち、二股のスギが最大です。

●栃木県鹿沼市
※(2000)実測(2022)
樹高40m
幹周6.61m約7.03m
推定樹齢
※環境省 巨樹・巨木林データベース

●周辺巨樹 大応寺の大ヒバ(約2㎞)
●撮影年月日 2022年3月20日

手前のスギは幹周約5.16m。真後ろのスギが最大。
220320下永野熊野神社①

2本の合体木のようにも見えます。
220320下永野熊野神社②

220320下永野熊野神社③

220320下永野熊野神社④

220320下永野熊野神社⑤


下永野 熊野神社
創建は不明です。享保3年(1718)奉納の灯篭があります。

拝殿
220320下永野熊野神社⑥

鹿島宮
220320下永野熊野神社⑦


住 所 栃木県鹿沼市下永野1251
交 通 東武日光線・JR両毛線「栃木駅」北口より栃木市ふれあいバス寺尾線「出流観音」行き乗車「星野御嶽山入口」下車約1.6km 
栃木市ふれあいバス情報


下永野 熊野神社MAP

Posted on 2022/04/14 Thu. 05:56 [edit]

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寺野東遺跡 

旧石器時代~平安時代にかけての遺跡が、田川の西岸の台地に広がっています。工業団地造成時に発掘されたもので、遺跡と工場が隣接しています。遺跡は「おやま縄文まつりの広場」の愛称で、資料館に入ってから広場に行かれます。環状盛土遺構、石敷台状遺構、木組遺構、水場遺構等を見ることができます。

●栃木県小山市
●国指定史跡
●撮影年月日 2022年3月1日

半分に切ったドーナツ状になっている盛り上がりが「環状盛土遺構」。元は円形であったと考えられていますが、河川の浸食や用水の掘削で失われてしまいました。
盛土遺構の中心にある小さい盛り上がりは「石敷台状遺構」。西を流れる小川に木組遺構、水場遺構があります。
220301寺野東 全体図方角入

環状盛土遺構
縄文時代後期前半(3,800年前)~晩期前半(2,800年前)にかけて作られました。盛土の土は円形の内側の土を削って盛ったもので、大型トラック約1,500台分の土が削られ盛られました。この作られ方は千葉県の加曽利貝塚も同じです。
220301寺野東 環状盛土

盛土の中やその下からは、多くの遺物が出土しましたが、古い土と遺物が盛り上げられていたので、時代の新しい遺物が下に埋まっていたという逆転現象に。
220301寺野東 環状盛土②


石敷台状遺構
広い円形空間だったであろう中央にある遺構です。楕円形で東西22m、南北17m、頂部までの高さ1.7mです。ここだけは盛土のために土が削られず残され、数か所に集中して石が敷かれていました。
220301寺野東 石敷台状③

出土した遺物は極めて少なくて、縄文時代後期~晩期の土器片、石剣4点、土偶1点が見つかっただけです。
220301寺野東 石敷台状①

円空間の一番大事な中心、何が行われていたのでしょうか。
220301寺野東 石敷台状②


木組遺構
木組遺構は14基が見つかり、主にクリの木で作られています。木組遺構の現物が水の中で保存されています。
220301寺野東 木組遺構

発掘中の様子(解説板の写真)
木組遺構の中で最大の大きさのもの。木組枠の内側には、押さえのための杭がたくさん打ち込まれ、一部には板材も使われていました。どうやって板材を作ったのでしょう。
220301寺野東 木組遺構③

寺野東遺跡資料館にある復元。
木組遺構は、トチノミなど木の実のアクを抜くための、水さらしの施設であったと考えられています。内部や周囲に石やすのこを敷き詰め、足元が泥で滑らない工夫がされていたそうです。土器や石器、精製土器の出土が目立ちました。
また小川のある谷部からは、盛土遺構からは出土しなかった弓や櫛等の木製品、漆塗り品、珪藻(けいそう)や昆虫などの動物遺体も多く見つかっています。
220301寺野東 木組遺構④


水場遺構
小川の水を引き込み作業をしたスペースです。縄文時代後期(約4,000年前)に作られました。U字の掘り込みの上部は溝が掘られ、斜面の土砂や雨水が作業場に流れ込まないための工夫と考えられています。多量の土器やクルミなどの種が多数出土しました。
220301寺野東 水場遺構


住 所 栃木県小山市大字梁2075-4 おやま縄文まつりの広場
交 通 JR水戸線「結城駅」北口より約3.6㎞(北口駐輪場にレンタサイクルあり 結城市レンタサイクル情報
または「結城駅」北口より結城市内循環バス北部西ルート乗車「松木合北」下車約950m(結城市内循環バス情報

寺野東遺跡MAP

参考:『寺野東遺跡』(江原英・初山孝行/同成社 2007)

その他の縄文記事

Posted on 2022/04/11 Mon. 05:25 [edit]

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上梁(かみやな)八幡宮のケヤキ 

八幡宮の境内に幹周4m超えのケヤキが4本点在しています。最大のケヤキは鳥居そばに立ち、根元に大きなコブがあります。測っていませんが樹高もかなりの高さで目測30m。

●栃木県小山市
●おやま百景(大ケヤキとサクラ)
●撮影年月日 2022年3月1日

幹周約7.05m。樹高は測っていませんが30m位ありそうです。
220301上梁八幡宮ケヤキ①

220301上梁八幡宮ケヤキ③

220301上梁八幡宮ケヤキ④

社殿向かって右方向のケヤキ。幹周約4.50m。
220301上梁八幡宮ケヤキ⑤

社殿向かって左方向のケヤキは、幹周約5.14m。
220301上梁八幡宮ケヤキ⑥

北へ進んで、社叢の端に立つケヤキは幹周約4.73m。主幹の上部は失われていましたが、大枝が頑張って伸びています。
220301上梁八幡宮ケヤキ⑧


上梁八幡宮
詳細は不明ですが、文治5年(1189)年の勧請と伝わります。御祭神は応神天皇や八幡神であるホンダワケノミコト。
220301上梁八幡宮ケヤキ⑨

本殿の彫刻。
220301上梁八幡宮ケヤキ⑩


住 所 栃木県小山市梁1277
交 通 JR水戸線「結城駅」北口より約3.6㎞(北口駐輪場にレンタサイクルあり 結城市レンタサイクル情報)
または「結城駅」北口より結城市内循環バス北部東ルート乗車「福良橋西」下車約1.3㎞(結城市内循環バス情報

上梁八幡宮MAP



Posted on 2022/04/08 Fri. 06:19 [edit]

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喜沢 日枝神社のケヤキ 

参道にケヤキがあることを忘れ、国道4号から境内に。いくら探しても巨樹ありません。諦めて帰ろうとしたら、国道の向こうに大きそうな木が・・・国道に分断された参道は県道265号まで続いていたのでした。
県道265号が参道入口で、入口に近い方に大ケヤキが3本まとまっています。太さは違いますが、同じ時期に植えられたと考えられています。かつてはこちらに社殿があり、社殿の周りに植えられた何本かの3本と伝えられています。

●栃木県小山市
●小山市指定天然記念物
案内板実測(2022)
樹高南約32m・約33m 北約31m
幹周南約6m・約5m 北約4m約6.91m・5.14m・4.49m
推定樹齢


●周辺巨樹 天翁院のコウヤマキ(約2.3㎞)
●撮影年月日 2022年3月1日

参道入口からすぐにあります。参道南側に2本、北側に1本。参道入口に一番近いケヤキが最大。
220301日枝神社のケヤキ①

220301日枝神社のケヤキ

参道北側アパートのそばに立つケヤキ
220301日枝神社のケヤキ⑤

参道南側にもう1本。2番目に大きい。
220301日枝神社のケヤキ⑥

ケヤキから赤い屋根の社殿まで約100m。祇園城が滅びた後に社殿が向こうに移り、現在の参道が作られ、参道に沿ってスギが植えられたそうです。
220301日枝神社のケヤキ⑧


喜沢 日枝神社
創建は不明ですが、古くは山王社と呼ばれていました。社殿の後ろは土塁です。この地は祇園城の北の入口で砦があり、天正18年(1590)に祇園城が滅び、ケヤキの側にあった社殿が現在地に移されました。

住 所  栃木県小山市喜沢1239
交 通 JR東北本線・水戸線・両毛線「小山駅」西口より約2.8㎞(参道ケヤキまで)
西口より約250mの小山市 まちの駅「思季彩館(しきさいかん)」にレンタサイクルあり


日枝神社MAP

Posted on 2022/04/05 Tue. 04:54 [edit]

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天翁院のコウヤマキ 

参道途中の右側の竹塀の中に立つコウヤマキ、文化5年(1808)の野火で本堂が類焼し、焼失した本堂と現在の本堂との間に防火樹として植えられたと考えられています。コウヤマキは水を多く含んでいるので耐火性があり、切られて木材になると湿気や水に強い防水性になるという面白い木です。

●栃木県小山市
●小山市指定天然記念物
案内板※(2000)
樹高約27m28m
幹周約3m3.44m
推定樹齢
※環境省 巨樹・巨木林データベース

●周辺巨樹 城山神社の大いちょう(約600m)  須賀神社の樅(伐採木)と大椿(約1.3㎞) 喜沢 日枝神社のケヤキ(約2.3㎞)
●撮影年月日 2022年3月1日

コウヤマキは成長が遅いので、このコウヤマキは幹周が3m台ですが、樹齢400年と推定されています。
220301天翁院高野槙①

撮る位置が限られているので、上部が隠れてしまいました。先端は2度に渡り折損したそうです。
220301天翁院高野槙②

220301天翁院高野槙③


天翁院
曹洞宗の寺院です。現在地は当時祇園城の郭内部で、小山氏代々の菩提寺でした。
創建は保元元年(1156)小山政光が中久喜地内に建てたのが始まりとされ、当初は万年寺と称しました。文明4年(1472)現在地に再建、天正2年(1574)17代当主小山高朝が死去した際、法名の天翁孝運にちなみ寺名が天翁院と改称されました。文化5年(1808)火災により多くの堂宇、寺宝、記録が焼失し、当時の住職仙宗により再興されました。
220301天翁院高野槙④

住 所 栃木県小山市本郷町1-9-41
交 通 JR東北本線・水戸線・両毛線「小山駅」西口より約1㎞
西口より約250mの小山市 まちの駅「思季彩館(しきさいかん)」にレンタサイクルあり

天翁院MAP


Posted on 2022/04/02 Sat. 05:11 [edit]

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城山公園の大いちょう 

思川の東岸の高台にある城山公園は、小山氏城(祇園城)跡です。塚田曲輪跡の端に、大イチョウが立っています。享和3年(1803)の旅行記『日光駅程見聞雑記』に「古井戸の掘りたる近くに銀杏の木あり 高さ三丈もある古木なり」と、文政年間(1818~1830)編纂の案内記『小山砂子』にも「御城山に今 古木となりて銀杏の木あり」との記載があり、当時より古木であることが伝えられています。
イチョウには落城にまつわる伝説があります。祗園城落城の際、古井戸に身を投げた姫君の霊がイチョウに宿り実を結ばない「実なしいちょう」になったということです。

●栃木県小山市
●小山市指定天然記念物 とちぎ名木百選
案内板※(2000)
樹高約15m15m
幹周約6m6.35m
推定樹齢
※環境省 巨樹・巨木林データベース
 
●周辺巨樹 天翁院のコウヤマキ(約600m) 須賀神社の樅(伐採木)と大椿(約1.1㎞) 
●撮影年月日 2022年3月1日

220301城山公園公孫樹①

220301城山公園公孫樹④

220301城山公園公孫樹③

曲輪跡。ここの歴史と共にある大イチョウ。
220301城山公園公孫樹⑤


小山氏城(祇園城)跡
築城時期は久安4年(1148)、小山政光がこの地に城を築いた時、城の守護神として祇園社(現在の須賀神社)を祀ったことから、祇園城と呼ばれるようになったとの伝承があります。天正4年(1576)北条氏に降伏し、北条氏が北関東攻略の拠点としました。 16元和5年(1619)廃城となりました。
昭和31年(1956)に都市公園として整備を行い、平成3年(1991)には小山氏の居城として国史跡に指定されました。

住 所 栃木県小山市本郷町1丁目
交 通 JR東北本線・水戸線・両毛線「小山駅」西口より約950m
西口より約250mの小山市 まちの駅「思季彩館(しきさいかん)」にレンタサイクルあり

城山公園MAP


Posted on 2022/03/30 Wed. 06:07 [edit]

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須賀神社の樅(伐採木)と大椿 

拝殿向かって右側に樅の御神木の切株と脇に大椿が立っています。案内板によると樅の木は樹齢800年余り、元からここで高くそびえ立っていましたが、社殿の方に傾いていたことから、大正12年(1923)に幹を切り詰め、更に昭和11年(1936)に今の高さに切り落として覆屋が儲けられました。

●栃木県小山市
●周辺巨樹 城山公園の大いちょう(約1.1㎞) 天翁院のコウヤマキ(約1.3㎞)
●撮影年月日 2022年3月1日

220301須賀神社樅と椿①

樅の上にはたくさんの積石。
220301須賀神社樅と椿②


樹齢500年余りの大椿。椿では県内一の大木。
220301須賀神社樅と椿③

大椿の幹、よく見ると横筋がいくつもあるのですが、看板の縛り跡でしょうか?
220301須賀神社樅と椿④


境内柵外のケヤキは幹周約4.50m。
環境省調査によると、神社内最大のケヤキは幹周7.38mなのですが、見つかりませんでした。
220301須賀神社樅と椿⑤


須賀神社
創建は天慶3年(940)4月、藤原秀郷公が戦勝を祈願し成就したので、京都の八坂神社(祇園社)の分霊を小山市中久喜に祀に祀ったのが始まりです。小山氏城(祇園城)の築城で城の守護神として平治年間(1159〜60)に現社地に遷座されました。御祭神はスサノオノミコト、オオナムチノミコト、ホンダワケノミコトの三神。
220301須賀神社樅と椿⑥

住 所 栃木県小山市宮本町1-2-4
交 通 JR東北本線・水戸線・両毛線「小山駅」南口より約850m
西口より約250mの小山市 まちの駅「思季彩館(しきさいかん)」にレンタサイクルあり

須賀神社MAP

Posted on 2022/03/27 Sun. 05:11 [edit]

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栃木県  /  TB: 0  /  CM: 4

船形麻賀多神社の大杉 

船形麻賀多神社神社は、「公津の大杉」の立つ台方麻賀多神社神社の奥宮です。すぐ隣が幼稚園で園児の元気な声が聞こえます。大杉は社殿の真後ろに立っています。台方がたくましい男性的な大杉なら、こちらの大杉は女性的なやさしさを感じます。

●千葉県成田市
掲示板の案内※(2000)
樹高20m
幹周5.4m
推定樹齢約650年
※環境省 巨樹・巨木林データベース

●周辺巨樹 公津の大杉(約1.2㎞)
●撮影年月日 2022年2月8日

220208船形麻賀多神社①

幹は雷のせいであろう大きな損傷があります。
220208船形麻賀多神社②

220208船形麻賀多神社③

真後ろにスダジイが立ち
220208船形麻賀多神社④

大杉に合わせるように高くまっすぐ伸びています。
220208船形麻賀多神社⑤

大杉の向かいには、これまた大杉に合わせるように高く伸びるタブノキ。幹周約3.65m。
仲良い木達に思えてきます。
220208船形麻賀多神社⑥


麻賀多神社の鳥居くぐって右手に古墳があります。応神天皇に仕えた印波国造 伊都許利命の墳墓で県指定文化財です。文久4年(1864)に石櫃が発掘されました。
220208船形麻賀多神社古墳①

220208船形麻賀多神社古墳②

220208船形麻賀多神社古墳③


船形麻賀多神社
麻賀多神社は、印旛沼の東側から南の地域にのみ存在する18社。総本社は台方で、奥宮がここ船形です。御祭神は天照大神の妹である稚日霊命。平安時代に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある古社です。
墳墓の道路側の伊都許利命由緒の案内板によると、日本武尊東征の折、大木の虚に鏡をかけ、根本に七つの玉を埋めて伊勢神宮に祈願されました。命は「この鏡をあがめ祀れば永く豊作が続く」との教えを説き、その鏡を御神体としてこの地に稚日霊命(わかひるめのみこと)を、台方に稚産霊命(わかむすびのみこと)を祀り、共に麻賀多大神宮として里人の崇敬を集めました
220208船形麻賀多神社⑦

船形麻賀多神社jには神代文字縁起があり、『千葉県印旛郡誌 後篇 』(印旛郡役所 1913 )P327~に載っています。書体は出雲文字ということです。
神代文字

住 所 千葉県成田市船形834
交 通 JR成田線「成田駅」東口・京成本線「京成成田駅」より千葉交通バス八代線「成田湯川駅」行き乗車「はなのき台」下車約730m
またはJR「成田駅」西口より千葉交通バス加良部線「はなのき台」行き乗車終点下車約730m

船形麻賀多神社MAP


Posted on 2022/03/22 Tue. 06:24 [edit]

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公津の大杉 

台方麻賀多(まかた)神社の社殿向かって左方向に行くと、社叢に囲まれる形で大杉がそびえ立っています。案内板によると、創建当時に植えられ、ヤマトタケルがこの杉に鏡をかけ作物の豊作祈願を行ったという伝承があります。不老長壽祈願の御神木として崇拝され、大願成就前には梢より霊光が輝き神のお告げがあると言い伝えられています。

麻賀多神社の建つ地域一帯はかつて「公津」という地名だったことから「公津(こうづ)の大杉」と呼ばれています。地名に「津」を使うのは、海岸・河口・川などの港や渡し場など、船・舟の停泊するところで、昔はこの付近まで印旛沼の水辺だったそうです。

●千葉県成田市
●千葉県指定天然記念物(大杉を含む社叢)
案内石碑(1975)※(2000)
樹高40m40m
幹周8m9m
推定樹齢約1200年
※環境省 巨樹・巨木林データベース

●周辺巨樹 船形麻賀多神社の大杉(約1.2㎞)
●撮影年月日 2022年2月8日

220208公津の大杉①

220208公津の大杉③

大杉を棲家としているカラスでしょうか、姿は見えども上の方で何度も優しく鳴いていました。
220208公津の大杉④

220208公津の大杉⑥

人面木だそうで複数の顔が見えるとか。確かに見ようと思えばそう見える箇所が。
220208公津の大杉⑦

220208公津の大杉⑧


末社の天之日津久神社。
御祭神は天之日月神。この神により昭和19年(1944)から昭和60年(1961)にかけて『日月神示(ひつきしんじ)』が画家の岡本天明氏に降ろされました。
220208日月神示①

220208日月神示②


麻賀多(まかた)神社
麻賀多神社HPの御由緒によると、今から千七百年余前、印旛国造(当時の大和朝廷の地方長官)であった伊都許利命(イツコリノミコト)が、現在の地に麻賀多神社大神として崇めたのが始まりです。近隣の麻賀多十八社の本宮として、地元の鎮守様として広く崇敬を集めました。平安時代中期に編纂された「延喜式神名帳」には、国幣社・麻賀多神社の記載があります。
220208日月神示

住 所 千葉県成田市台方1
交 通 京成本線「公津の杜駅」下車 成田市コミュニティバス北須賀ルート乗車「麻賀多神社前」下車すぐ
または京成本線「宗吾参道駅」より約2.4km

麻賀多神社MAP

Posted on 2022/03/18 Fri. 15:04 [edit]

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宮崎神社の大杉 

宮崎神社社殿の左側斜面に立つ大杉です。貫前神社の藤太杉と同年代かそれ以前との伝えがある大杉です。樹齢800年と伝えられていますが元気で、地上20m付近で6〜7本の太い枝に分かれています。

●群馬県富岡市
●富岡市指定天然記念物 とみおか名木十選
案内板(1984)
樹高約25m
幹周7.6m
推定樹齢約800年

●周辺巨樹 貫前神社のスダジイと銀杏(約950m) 貫前神社の藤太杉(約1.1㎞) 貫前神社のケヤキ(約1.7㎞)
●撮影年月日 2022年1月11日

220111宮崎神社大杉①

根元はかなり埋まっている様子。
220111宮崎神社大杉②

220111宮崎神社大杉③


宮崎神社
創建は不明です。元は広鉾神社でしたが、明治40年(1907)に諏訪神社、白山神社を合祀し、宮崎神社に改称されました。現在の社殿は、合祀の時に田島の和合神社の社殿を移築したものです。御祭神は、大国主命・建御名方命・八坂刀売命・菊理姫命
220111宮崎神社大杉④

住 所 群馬県富岡市宮崎547
交 通 上信電鉄「上州一ノ宮駅」より約1.4㎞ 

宮崎神社MAP

Posted on 2022/03/15 Tue. 04:51 [edit]

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貫前(ぬきさき)神社のケヤキ 

貫前神社の北にケヤキが点在する森があります。県道47号(一之宮妙義線)の貫前神社鳥居から120m位西にある横道を入っていきます。ここも貫前神社の境内のようで、貫前神社どれだけ広いんだ。
社殿と離れていても神聖な境内だから森は残されてきたのでしょう。御神木でも保護・記念物指定も何もないですが、立派なことに変わりありません。

●群馬県富岡市
●周辺巨樹 貫前神社のスダジイと銀杏(約750m) 貫前神社の藤太杉(約750m) 宮崎神社の大杉(約1.7㎞)
●撮影年月日 2022年1月11日

人が写っているので、ケヤキの高さが分かりやすい。高橋弘さんの計測によると樹高約40m。
220111貫前神社欅①

計測結果、幹周8.74m。
220111貫前神社欅②

2本の合体木のようです。
220111貫前神社欅④


2番目に大きいケヤキも計測。幹周6.45m、樹高約40m。
220111貫前神社欅⑤


住 所 群馬県富岡市一ノ宮 
交 通 上信電鉄「上州一ノ宮駅」より約800m

貫前神社のケヤキMAP(県道を鳥居から120m程西へ進んだ横道を入る)


Posted on 2022/03/12 Sat. 06:43 [edit]

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大川戸の大銀杏 

「まつぶし緑の丘公園」の西に位置する八幡神社にある大イチョウです。本幹の大部分は枯れて空洞になっていますが、ヒコバエが出て大きな株になっています。
イチョウのそばには滑り台。遊ぶ子ども達はこの荒々しい巨樹に何を思うのでしょうか。この樹の皮をすりつぶして飲むと、お乳の出が良くなるという言い伝えがあります。
八幡神社の社葬は、タブノキ、シラカシ、スダジイ、ケヤキ、ムクノキなど様々な木が立ち、鎮守の森として町指定天然記念物になっています。

※追記(2022.3.12)
「この樹の皮をすりつぶして飲むと、お乳の出が良くなるという言い伝えがあります。」についての出典先のお問合せがあり、結果的に不確かな情報であったことが分かりました。誠に申し訳ありません、お詫びいたします。下記が正しい情報です。
乳の出が悪い者が祈願してからこの部分の樹皮を削り煎じて飲むと、乳の出が良くなるといわれ、近在からも訪れる者が多かったといわれる。(『埼玉の神社 大里・北葛飾・比企』(埼玉県神社庁 1992))

●埼玉県北葛飾郡松伏町
●埼玉県指定天然記念物
案内板※(2010)
樹高18m29.2m
幹周8.3m8.9m
推定樹齢
※埼玉県 『国・県指定等文化財一覧 県指定天然記念物』(2010)

●周辺巨樹 大川戸八幡神社のタブノキ 妙楽寺の多行松(約650m) 森家のイチョウ(約1.5㎞)
●撮影年月日 2019年12月25日

191225大川戸の大銀杏①

191225大川戸の大銀杏②

191225大川戸の大銀杏③


●撮影年月日 2019年5月16日
190516大川戸大銀杏⑤

190516大川戸大銀杏⑧

190516大川戸大銀杏⑩

190516大川戸大銀杏⑫


●撮影年月日 2009年4月19日
DSCF00421.jpg

DSCF00791.jpg


八幡神社
創建は建久元年(1190)、御祭神は擧田別命(におたわけのみこと)、経津主命(ふねつしのみこと)、須佐之男命(すさのおのみこと)です。開拓の神として信仰を集め武家の祈祷であったと伝えられています。
191225大川戸の大銀杏⑥

住 所 埼玉県北葛飾郡松伏町大川戸2517
交 通 東武伊勢崎線(東武スカイツリーライン) 「せんげん台駅」東口よりバス「まつぶし緑の丘公園」「松伏町役場」行き乗車「八幡神社前」下車すぐ

八幡神社MAP

Posted on 2022/03/12 Sat. 05:28 [edit]

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貫前(ぬきさき)神社の藤太杉(枯木) 

貫前神社本殿の裏の境内林に枯れた大杉の御神木があります。20年ほど前に枯れたそうですが、注連縄が巻かれた御神木です。大杉は「藤太杉」の名前があります。
案内板によると、天慶2年(939)下野國唐澤山(現栃木県佐野市)の城主藤原秀郷(俵藤太秀郷)が平将門討伐の際、貫前神社に参拝し、年の数36本の杉苗を奉納した内の1本と伝えられています。

●群馬県富岡市
●周辺巨樹 貫前神社のスダジイと銀杏 貫前神社のケヤキ(約750m) 宮崎神社の大杉(約1.1㎞)
●撮影年月日 2022年1月11日

220111-貫前神社藤太杉①

220111-貫前神社藤太杉②

220111-貫前神社藤太杉③


貫前神社
延長5年(927)に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある上野国一之宮として、群馬県内で最高位だった神社です。創建は社伝によると、鷺宮(現在の安中市)に物部姓礒部氏が氏神である経津主神(ふつぬしのかみ)を祀り、現在地に社を定めたのが安閑天皇元年(531)ということです。
現在の社殿は国の重要文化財に指定され、寛永年間(1624~1644)に三代将軍家光が再建し、元禄年間(1688~1704)に綱吉が大修理をし、13年毎の式年に修理・改築が行われています。

藤太杉のある後方から見た本殿
220111-貫前神社藤太杉④

住 所 群馬県富岡市一ノ宮1535 
交 通 上信電鉄「上州一ノ宮駅」より約750m

貫前神社MAP


Posted on 2022/03/09 Wed. 06:41 [edit]

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貫前(ぬきさき)神社のスダジイと銀杏 

県道209号に近い総門から貫前神社の境内に入るとすぐ、スダジイと銀杏が迎えてくれます。
スダジイは古木感たっぷりの幹に樹勢のある樹冠、幹は大きく空洞化しているそうですが治療で塞がれ、土壌改良も行われ柵で囲われ大事にされています。
本殿の裏には、立ち枯れの大杉「藤太杉」もあり、 市指定名木の御神木です。

●群馬県富岡市
●富岡市指定天然記念物(スダジイ) とみおか名木十選(スダジイ・イチョウ)
樹高15m
幹周5.5m
推定樹齢600年
※群馬県の巨樹古木(公財 群馬県緑化推進委員会)

●周辺巨樹 貫前神社の藤太杉(枯木) 貫前神社のケヤキ(約750m) 宮崎神社の大杉(約950m)
●撮影年月日 2022年1月11日


220111貫前神社シイ①

220111貫前神社シイ④

220111貫前神社シイ②


銀杏は雌木で実を多くつけます。幹周5.55m、樹高21m 樹齢推定300年(高橋弘さん資料より)
220111貫前神社シイ⑥



貫前神社
延長5年(927)に編纂された『延喜式神名帳』に記載がある、上野国一之宮として群馬県内で最高位だった神社です。創建は社伝によると、鷺宮(現在の安中市)に物部姓礒部氏が氏神であるフツヌシノカミを祀り、現在地に社を定めたのが安閑天皇元年(531)ということです。
現在の社殿は国の重要文化財に指定され、寛永年間(1624~1644)に三代将軍家光が再建し、元禄年間(1688~1704)に綱吉が大修理をし、13年毎の式年に修理・改築が行われています。

珍しい「くだり参道」
220111貫前神社シイ⑦

大鳥居から眺める景色
220111貫前神社シイ⑨

住 所 群馬県富岡市一ノ宮1535 
交 通 上信電鉄「上州一ノ宮駅」より約750m

貫前神社MAP


Posted on 2022/03/06 Sun. 08:12 [edit]

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大聖峰寺(だいしょうぶじ)の板倉不動尊大ケヤキ 

大聖峰寺の石段脇に立つ大ケヤキです。落雷で幹が空洞化し、平成22年(2010)の8月の大風で南側の大枝も折れました。損傷は大きいですが、根がどっしりと立派で樹勢はあります。個性的な姿で撮りがいがありました。

●群馬県藤岡市
●藤岡市名木100選
案内板
樹高18m
幹周8m
推定樹齢500年

●撮影年月日 2022年1月11日

220111大聖峰寺欅②

220111大聖峰寺欅⑤

220111大聖峰寺欅⑥

220111大聖峰寺欅⑦

参道入口の「板倉不動尊」の扁額のついた鳥居のそばに立つマツ
220111大聖峰寺欅⑩


大聖峯寺
真言宗豊山派の寺院です。創建は不明ですが、大正3年(1914)正福寺、西福寺、板倉不動尊を合併しています。
ご本尊の不動明王像は行基がノミ1本で彫ったといわれています。
220111大聖峰寺欅⑧

板倉不動尊
220111大聖峰寺欅⑪


住 所 群馬県藤岡市緑埜534
交 通 JR八高線「群馬藤岡駅より藤岡市コミュニティバス藤岡-上平線「上平」行き乗車「農協平井支所」下車約250m

大聖峯寺MAP


Posted on 2022/03/03 Thu. 05:53 [edit]

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水宮(みずのみや)神社の大ケヤキ 

かつては樹高が30mもあったそうですが、昭和57年(1982)の台風で主幹の先端が折れ、落雷でも大きく損傷し、一時樹勢が衰えましたが、数年間の樹勢回復手当を経て徐々に元気になったという事です。近年は、定期的な治療や施肥のおかげで枝葉が密についています。

●群馬県藤岡市
●群馬県指定天然記念物 藤岡市名木100選
案内板
樹高30m18m
幹周7.5m9.69m
推定樹齢700年以上700年
※群馬県の巨樹古木(公財 群馬県緑化推進委員会HP)

●撮影年月日 2022年1月11日

220111水宮神社欅①

220111水宮神社欅②

220111水宮神社欅③


水宮神社
御祭神は、水波能売神(みづはのめのかみ)です。

住 所 群馬県藤岡市岡之郷532 
交 通 JR高崎線「新町駅」より約1㎞

水宮神社MAP


Posted on 2022/02/28 Mon. 04:51 [edit]

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上岩瀬のシイノキ 

医王寺のどこかユーモラスな仁王様の門をくぐると、境内右手に大きなシイノキがあります。2016年に訪れた時より主幹の劣化は進んでいますが、他の幹が補うようにして大きく枝葉を広げています。

●埼玉県羽生市
●羽生市指定天然記念物
案内板(2012)
樹高8m
幹周4.26m
推定樹齢400年

●周辺巨樹 岩瀬公民館グラウンドのイチョウ(約800m) 御霊神社のエノキ(約850m) 堂城稲荷神社のイチョウ 堂城稲荷神社の大エノキ(各約900m) 小松神社の大銀杏(約1.6㎞)
●撮影年月日 2021年12月19日

晴天で撮り位置悩みながら写真撮っていたら、煙がどんどん漂ってきました。近所で焚火をしているよう。少々煙たくはありましたが、煙のおかげで逆光が際立ちました。
211219上岩瀬の椎①

煙去ってしまいました。
211219上岩瀬の椎②

211219上岩瀬の椎③

211219上岩瀬の椎④


●撮影年月日 2016年12月7日
枝葉が地面にまで届いています。
161207上岩瀬のシイノキ①

161207上岩瀬のシイノキ③

161207上岩瀬のシイノキ⑤


医王寺
新義真言宗で、羽生正覚院の末寺です。永享11年(1439)、証範大和尚により開山されました。慶安2年(1649)、徳川三代将軍家光より薬師堂領23石の御朱印を賜わり、以後継続されました。
昭和31年(1956)原因不明の火災で全焼、昭和37年(1962)に檀徒によって再建されました。
211219上岩瀬の椎⑤

161207上岩瀬のシイノキ⑧

161207上岩瀬のシイノキ⑨

住 所 埼玉県羽生市上岩瀬705
交 通 秩父鉄道「新郷駅」より約1.1㎞

医王寺MAP

Posted on 2022/02/25 Fri. 04:59 [edit]

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永田八幡神社のケヤキ 

手水舎のそばに斜めに生えるケヤキの御神木があります。主幹は空洞化し上部は無く、大枝1本が自分だけはと頑張って伸び、御神木の生命力を表わしてくれています。

Googleマップを頼りに、神社の北側(神社の裏)に回って入りましたが、南側に風情ある畦道の長い参道があり、気持ちよく帰りました。

●埼玉県深谷市
●撮影年月日 2021年12月19日

幹周約6.57m
211219永田八幡神社欅①

211219永田八幡神社欅②

211219永田八幡神社欅③

211219永田八幡神社欅④


永田八幡神社
創建は不明です。八幡神社に伝わる「永田神代神楽」は市の無形民俗文化財指定で、約150年頃(1987年時点)前が起源と伝わります。児玉郡神川町の金鑚神社の神楽の流れを汲み、永田八幡神社の例祭(4月15日)に神楽殿で奉納されます。
211219永田八幡神社欅⑤

211219永田八幡神社欅⑥


住 所 埼玉県深谷市永田664
交 通 秩父鉄道「永田駅」より約1.5㎞

永田八幡神社MAP



Posted on 2022/02/22 Tue. 05:31 [edit]

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下蒔田(まいた)のカヤの木 

カヤは大慶寺の十四人持共有墓地内の端にあります。根元に墓石のような石がいくつもあり、塔婆まで立てかけられています。カヤ自体が大きな墓石のように思えました。『秩父地方の巨樹名木の研究』(2016)によると、下蒔田の名主内田氏が大慶寺を建てる時、内田家初代から仕えてきた長吉という家来が、このカヤを植え、自分が死んだらカヤの下に埋めてくれるよう言い残したということです。

●埼玉県秩父市
●秩父市指定天然記念物
案内板(1992)※(2016)
樹高23m22.6m
幹周4.15m4.65m
推定樹齢350~360年
※『秩父地方の巨樹名木の研究』(NPO法人 秩父の環境を考える会 2016)

●周辺巨樹 寺尾のケヤキ(約1.1㎞)
●撮影年月日 2021年12月19日

211219下蒔田のカヤ②

211219下蒔田のカヤ①

墓石のような物がいくつもあって、根に負担はないのか・・・
211219下蒔田のカヤ③

一番左の木がカヤ
211219下蒔田のカヤ⑤


大慶寺
曹洞宗の寺院です。詳細は不明です。
近くにある江戸時代中期の建物「内田家住宅」は国指定重要文化財になっています。内田家は鉢形北条氏の家臣で、室町時代より現在地に居住していたと推定され、江戸時代初期より明治初年まで名主を勤めていました。

211219下蒔田のカヤ④

住 所 埼玉県秩父市蒔田835 大慶寺
交 通 西武池袋線「和銅黒谷駅」より約1.6㎞

大慶寺MAP






Posted on 2022/02/20 Sun. 07:09 [edit]

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武蔵一宮氷川神社の夫婦楠 

武蔵一宮氷川神社の三の鳥居をくぐり、すぐ右手にある天津神社のそばに、「夫婦楠」が御神木として祀られています。

武蔵一宮氷川神社と明治天皇は関りが深く、明治元年(1868)明治天皇は氷川神社を武蔵国の鎮守勅祭の社と定め、氷川神社には三度も行幸をされました。明治天皇と昭憲皇太后を祀る東京の明治神宮は、創建当初から御神木の夫婦楠があります。こちらは2本が離れて立っていますが、氷川神社と同じ「夫婦楠」というのも縁の深さを感じさせます。

●埼玉県さいたま市大宮区
※(1988)
樹高18m
幹周5.1m(主幹2.7m)
推定樹齢99年以下
※環境省 巨樹・巨木林データベース

●周辺巨樹 埼玉百年の森のクスノキ(約800m) 護国神社参道付近のアカシデ(約700m)
●撮影年月日 2021年12月7日

211207大宮夫婦楠①

211207大宮夫婦楠②

211207大宮夫婦楠③

境内にもクスノキが複数ありますが、御神木ではありません。
211207大宮夫婦楠④

二の鳥居は、高さ13mの台湾ヒノキ製。ヒノキ造りでは日本一の高さです。この鳥居は昭和51年(1976)に明治神宮より移築されました。
211207大宮夫婦楠⑤


武蔵一宮氷川神社
2,000年以上前に創建された武蔵一宮氷川神社。「大いなる宮」であることから地名も「大宮」になったと伝えられています。昔、一帯は原生林に覆われた氷川神社の「杜」でしたが、明治時代の欧化政策で、旧社領8万坪のうち、約6万坪が官有地になり、林学者の本多静六博士の指揮のもと公園として改良計画が進められ、明治18年(1885)9月に「大宮公園」として開園されました。

湧水の出る蛇の池。湧水は神池に流れ込んでいます。湧水の出る場所を聖地として、神社が創建された可能性があります。
211207大宮夫婦楠⑥

住 所 埼玉県さいたま市大宮区高鼻町4丁目
交 通 東武野田線「北大宮駅」より約850m

夫婦楠MAP







Posted on 2022/02/18 Fri. 05:16 [edit]

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上敷免(じょうしきめん)諏訪神社のケヤキ 

通りかかって、たまたま良いケヤキに会えました。どっしりした根、広がる枝、元気なケヤキです。12月も半ばで上部の葉はすっかり落葉しているのに、下部の葉はまだ緑を残して頑張っていました。

上敷免(じょうしきめん)とは、変わった地名です。ラシンバンさんのサイト「賢くなりたい、でも、バカでもいたい」の「日本の難読地名と由来~埼玉編~」から転載すると、江戸時代の史書には上鋪免村とあるが、元は雑食免(ぞうしきめん)に由来する、雑食とは律令時代、工芸、技術等の雑役に従事した人のことで租税が免除されていた、ということです。

●埼玉県深谷市
●周辺巨樹 瑠璃光寺の慈覚大師御手植椎 (約700m) 西蔵寺のカヤ(約1.5㎞)
●撮影年月日 2021年12月15日

幹周約4.68m。下の方の枝は伐採されたところから多数の枝が生え、まだ緑の葉がけっこうついています。
211215上敷免諏訪神社①

211215上敷免諏訪神社②

211215上敷免諏訪神社④


上敷免諏訪神社
延徳3年(1491)深谷城上杉氏の重臣岡谷加賀守香丹が、皿沼城を築いた時に、城の鎮守として岡谷氏の旧地上野国岡谷(現群馬県沼田市岡谷町) から諏訪大明神を勧請したと伝えられています。御祭神は諏訪大社の祭神、建御名方神(たけみなかたのかみ)。
211215上敷免諏訪神社⑤

住 所 埼玉県深谷市上敷免940
交 通 JR高崎線「深谷駅」北口より約2.6㎞(北口より約300mの深谷宿屋台村ふっかちゃん横丁の物産店にレンタサイクルあり)
または「深谷駅」北口より深谷市北部デマンドバス「ほ087 上敷免諏訪神社前」下車
深谷市コミュニティバス情報

上敷免諏訪神社MAP


Posted on 2022/02/16 Wed. 06:32 [edit]

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西蔵寺のカヤ 

未だ工事が終わっていない社殿、深谷のお寺,,、何故か工事中に遭遇します。カヤは墓地側にあります。周りに木が無いです。カヤだけが残されたという感じです。根元は空洞の処置がされていますが、樹勢はあり枝葉が元気です。

●埼玉県深谷市
●周辺巨樹 瑠璃光寺の慈覚大師御手植椎 (約1.2㎞) 上敷免諏訪神社のケヤキ(約1.5㎞) 
●撮影年月日 2021年12月15日

幹周約3.93m 樹高約18m
211215深谷西蔵寺榧①

傍らに二十二夜塔。旧暦22日に行われた二十二夜講中のほとんどは女人講、如意輪観音をご本尊とする念仏講です。
211215深谷西蔵寺榧②

空洞がコンクリで覆われています。
211215深谷西蔵寺榧③


西蔵寺
真言宗豊山派の寺院です。創建は不明ですが、開基と思われる大沼弾正忠藤原繁忠(~1606年)の墓石が現存しています。ご本尊は阿弥陀如来。
211215深谷西蔵寺榧④


住 所 埼玉県深谷市東大沼53
交 通 JR高崎線「深谷駅」北口より約16㎞(北口より約300mの深谷宿屋台村ふっかちゃん横丁の物産店にレンタサイクルあり)駅より約1.6㎞

西蔵寺MAP



Posted on 2022/02/14 Mon. 04:54 [edit]

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高島諏訪神社の榧老木 

榧老木、元は1本の木だったのが、中心部が腐敗・消失して2本になったとか。確かに「深谷市の歴史と文化財」のサイトを見ると、根周14mとなっています。長い年月の中で2本が合体して1本になることもあれば、1本が2本になることも。人生いえ樹生もいろいろ。

●埼玉県深谷市
●深谷市指定天然記念物
実測(2021)
樹高
幹周根回り約14m5.15m 3.36m
推定樹齢1200年以上
※深谷市の歴史と文化財HPより

●撮影年月日 2021年12月15日

並んで立つ太さの違う2本のカヤ。元は1本。
211215高島榧老木①

211215高島榧老木③

211215高島榧老木④

211215高島榧老木⑤

211215高島榧老木⑧

211215高島榧老木⑨

211215高島榧老木⑩


元諏訪神社の建物の中はベンチとテーブルが置かれていました。
211215高島榧老木⑪

住 所 埼玉県深谷市高島595-1
交 通 JR高崎線「深谷駅」北口より深谷市バスくるリン北部シャトル「新戒」行き乗車終点下車約1.2㎞
または深谷駅北口より約300mの深谷宿屋台村ふっかちゃん横丁の物産店にレンタサイクルあり

榧老木MAP



Posted on 2022/02/11 Fri. 20:00 [edit]

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瑠璃光寺の慈覚大師御手植椎 

慈覚大師(794~864)と呼ばれた円仁は、唐時代の中国に渡った8人の僧(最澄・空海・常暁・円行・円仁・恵運・円珍・宗叡)の一人です。慈覚大師御手植えが本当なら千年を超えるシイですが、そこまで古い木ではなさそうです。

●埼玉県深谷市
●周辺巨樹 上敷免諏訪神社のケヤキ(約700m) 西蔵寺のカヤ(約1.2㎞) 原郷愛宕神社のクスノキ(約2㎞)
●撮影年月日 2021年12月15日

211215瑠璃光寺椎①

211215瑠璃光寺椎②

主幹はかなり衰え、脇から生えた次世代が樹冠を作っています。
211215瑠璃光寺椎③

211215瑠璃光寺椎④


ケヤキは幹周約4.5m。写真は無いですが、幹周約4mのイチョウもあります。
211215瑠璃光寺椎⑥


瑠璃光寺
天台宗比叡山延暦寺末です。創建年代は不明ですが、大同2年(807)に慈覚大師が創建したとも、承和2年(835)の創建とも伝えられ、鎌倉時代には七堂伽藍を備え、室町時代には深谷城主上杉氏が薬師堂の寅薬師を城の鬼門除けとして崇敬しました。江戸時代、徳川家康の遺骨を日光に奉遷する際に天海僧正が当寺で休憩したことで、慶安2年(1649)に寺領10石の御朱印状を受領しました。
211215瑠璃光寺椎⑦

住 所 深谷市稲荷町北9-25
交 通 JR高崎線「深谷駅」北口より約1.9㎞(北口より約300mの深谷宿屋台村ふっかちゃん横丁の物産店にレンタサイクルあり)

瑠璃光寺MAP



Posted on 2022/02/09 Wed. 04:57 [edit]

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原郷愛宕神社のクスノキ 

旧中山道沿いに立つ愛宕神社、明治初期の『郡村誌』には「愛宕林」と呼ばれた広大な山林が広がっていたことが記されています。今は広大ではなくなってしまいましたが、残された境内林にかなり樹高のある二股クスノキがあります。

●埼玉県深谷市
●周辺巨樹 瑠璃光寺の慈覚大師御手植椎(約2㎞)
●撮影年月日 2021年12月15日

211215深谷愛宕神社楠①

幹周約5.75m。合体木のように見えますが、幹の質感・太さは同じなので、1本だった可能性も。
211215深谷愛宕神社楠②

211215深谷愛宕神社楠③


原郷愛宕神社
創建は不明ですが、原郷小名木ノ本の鎮守です。かつては広大な社叢があったため小名が「木ノ本」です。
御祭神は火産霊神。 明治39年(1906)1月、浮浪者の火の不始末と推定される出火により社殿が全焼。古くから神徳で当地で火災が起きたことが無く、初めての火災で愛宕様が焼けたことで、氏子は自分たちの身代わりになって焼かれたのだと、再度、火防の神に対する祈りの心を強くし、直ぐに社殿を造営したたといわれています。
211215深谷愛宕神社楠④

住 所 埼玉県深谷市原郷2031
交 通 JR高崎線「深谷駅」北口より約2.1㎞(北口より約300mの深谷宿屋台村ふっかちゃん横丁の物産店にレンタサイクルあり)

愛宕神社MAP


Posted on 2022/02/07 Mon. 07:04 [edit]

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janre 写真

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