05 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.» 07

出会った巨樹

木をメインに、風景写真や動物写真も時々載せてます

光厳(こうごん)寺のヤマザクラ 

東京都のサクラの三大巨樹の1本です。 染井吉野より淡い桃色の花をつけるそうで「白山桜」とも呼ばれています。このサクラをよく知る方のお話によると、今年は開花が遅れ、咲いたと思ったら数日で散ってきたとのこと。訪れた時はだいぶ散っていましたが、山の斜面にどっしりと立つ姿は貫禄がありました。

●東京都あきる野市
●東京都指定天然記念物
案内板(2011)
樹高
幹周5.33m
推定樹齢400年

●周辺巨樹 広徳寺のタラヨウ 広徳寺のイチョウ 広徳寺のカヤ(各約2.4km)
      五柱神社の大スギ(約3km)
●撮影年月日 2017年4月19日

170419光厳寺のヤマザクラ

170419光厳寺のヤマザクラ②

170419光厳寺のヤマザクラ④

樹高のある他のサクラが満開でした。
170419光厳寺のヤマザクラ⑤

ふと下を見ると、花のかたまりが。強風で落ちてしまったのかも。間近で花を見ることができました。
170419光厳寺のヤマザクラ⑥


光厳(こうごん)
建武年間(1334~1338)に足利尊氏が創建したと伝えられ、寺名は北朝の天皇・光厳天皇の名です。光厳天皇が弥仁親王の時、南朝方に追われて約5年隠れ住んだ旧跡といわれています。
170419光厳寺のヤマザクラ⑦

住 所 東京都あきる野市戸倉328  光厳寺
交 通 JR五日市線「武蔵五日市駅」よりバス「上養沢」「藤倉」「数馬」行き
    乗車「戸倉」下車約500m 

光厳寺MAP

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Posted on 2017/05/12 Fri. 04:38 [edit]

thread: 花・植物

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東京都  /  TB: 0  /  CM: 0

広徳寺のカヤ 

本殿北側のはずれ、隣はすぐ畑という場所に広く柵で囲われて大きなカヤが立っています。
広々した場所で青空の下、老木の大カヤの下の野草は緑の絨毯のようで、黄色、ピンク、青と色とりどりの小さな花を咲かせていました。少し離れてサクラが1本立ち、気持ち良い所でした。

●東京都あきる野市
●東京都指定天然記念物
案内板(2010)
樹高24.45m
幹周5.35m
推定樹齢

●周辺巨樹 広徳寺のタラヨウ  広徳寺のイチョウ
      光厳寺のヤマザクラ(約2.4km)
●撮影年月日 2017年4月19日

170419広徳寺のカヤ②

170419広徳寺のカヤ③

170419広徳寺のカヤ④

170419広徳寺のカヤ⑤

170419広徳寺のカヤ⑥

強い風で起こる周囲の高木のざわめきも、何だか音楽のようでした。
170419広徳寺のカヤ⑦


広徳寺
応安6年(1373)、正応長者の開基で、鎌倉の建長寺七十世の心源希徹禅師に開山を請うたと伝えられています。
広徳寺境域は東京都指定史跡に、カヤとタラヨウは都指定天然記念物に、総門・山門・山門木造十六羅漢像・本尊聖観音像・後北条氏虎印文書は、市指定文化財になっています。
170419広徳寺のカヤ⑧

住 所 東京都あきる野市小和田234  広徳寺
交 通 JR五日市線「武蔵五日市駅」より約1.9km
    または「武蔵五日市駅」よりバス「上養沢」「藤倉」「数馬」行き乗車
    「東小中野」下車約1.1km 

広徳寺MAP

Posted on 2017/05/09 Tue. 16:25 [edit]

thread: 花・植物

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広徳寺のイチョウ 

市指定文化財のかや葺きの山門をくぐると、イチョウの巨木1対が立っています。天然記念物の指定は受けていませんが、落ち着いて格式ある「静」のイメージの寺とは対照的な荒々しい「動」な枝ぶりは、存在感たっぷりです。

●東京都あきる野市
●周辺巨樹 広徳寺のタラヨウ  広徳寺のカヤ
      光厳寺のヤマザクラ(約2.4km)
●撮影年月日 2017年4月19日

170419広徳寺のイチョウ①

170419広徳寺のイチョウ③

170419広徳寺のイチョウ④

芽吹きだした小さな葉がとてもきれいで可愛いかったです。
170419広徳寺のイチョウ⑤

イチョウのすぐそばの山門。江戸中期頃の建造物です。長く保存し公開できるよう、平成3年秋より全解体修復工事が行われました。
170419広徳寺のイチョウ⑥


広徳寺
応安6年(1373)、正応長者の開基で、鎌倉の建長寺七十世の心源希徹禅師に開山を請うたと伝えられています。
広徳寺境域は東京都指定史跡に、カヤとタラヨウは都指定天然記念物に、総門・山門・山門木造十六羅漢像・本尊聖観音像・後北条氏虎印文書は、市指定文化財になっています。
170419広徳寺のイチョウ⑧

住 所 東京都あきる野市小和田234  広徳寺
交 通 JR五日市線「武蔵五日市駅」より約1.9km
    または「武蔵五日市駅」よりバス「上養沢」「藤倉」「数馬」行き乗車
    「東小中野」下車約1.1km 

広徳寺MAP

Posted on 2017/05/06 Sat. 18:43 [edit]

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広徳寺のタラヨウ 

タラヨウ(多羅葉)は、葉の裏面に先のとがったもので字を書くと跡が黒くなるので、「ハガキの木」と呼ばれています。広徳寺の本堂の裏に、東京都では最大のタラヨウが立っています。
よく見ると、たくさんの葉の裏にメッセージや願い事が書かれていました。もう半端なく書かれています。光を浴びて優しげに立つタラヨウは、人間のいたずら(?)など気にもせず、枝を垂らして「好きなだけ書きなさいよ」と葉を差しだしてくれているようでした。

●東京都あきるの市
●東京都指定天然記念物
案内板(2010)
樹高19.1m
幹周2.5m
推定樹齢

●周辺巨樹 広徳寺のイチョウ  広徳寺のカヤ
      光厳寺のヤマザクラ(約2.4km)
●撮影年月日 2017年4月19日

170419広徳寺タラヨウ①

根元には、たくさんの散った桜の花びらが
170419広徳寺タラヨウ②

ほぼ自然の姿を保っています
170419広徳寺タラヨウ④

タラヨウはの葉の裏はメッセージでいっぱい
170419広徳寺タラヨウ③


広徳寺
応安6年(1373)、正応長者の開基で、鎌倉の建長寺七十世の心源希徹禅師に開山を請うたと伝えられています。
広徳寺境域は東京都指定史跡に、カヤとタラヨウは都指定天然記念物に、総門・山門・山門木造十六羅漢像・本尊聖観音像・後北条氏虎印文書は、市指定文化財になっています。
170419広徳寺タラヨウ⑤

住 所 東京都あきる野市小和田234  広徳寺
交 通 JR五日市線「武蔵五日市駅」より約1.9km
    または「武蔵五日市駅」よりバス「上養沢」「藤倉」「数馬」行き乗車
    「東小中野」下車約1.1km 

広徳寺MAP

Posted on 2017/05/05 Fri. 07:01 [edit]

thread: 花・植物

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五柱(いつはしら)神社の大スギ 

都内で最大の木で樹高があるので、周囲の集落や山々からでもスギの存在が分かります。高い木々に囲まれ、うす暗く落ち着いた空気の中で斜面に立つ姿は、重厚な雰囲気です。

●東京都あきる野市
●あきる野市指定天然記念物
案内板(2002)
樹高52m
幹周8m(1.2m)
推定樹齢400年

●周辺巨樹  乙津のカツラ(約2.2km) 光厳寺のヤマザクラ(約3km)
●撮影年月日 2017年4月19日

170419五柱神社大杉①

170419五柱神社大杉④

170419五柱神社大杉⑤

近くに「頭上注意」のビラが貼られていました。今年1月に雪の重みで大スギの枝が折れて、途中で引っかかって落ちてくる可能性ありとのこと。見上げるとそれらしきものはないようで、現在は大丈夫のようでした。
170419五柱神社大杉⑥/

根元のくぼみに小さな祠
170419五柱神社大杉⑦

五柱(いつはしら)神社
創建・由緒は不明です。ご祭神は、木を守る久々能智命(ククノチノカミ)・火を司る迦具土命(カグツチノカミ)・土の神、埴安姫命(ハニヤスヒメノカミ)・鉱山の神、金山毘古命(カナヤマヒコノカミ)・水の神、弥都波能売命(ミヅハノメノカミ)です。

向かう途中、木製の表示物。細い坂道を入って行きます。
170419五柱神社大杉⑩

先のポールを左に曲がります。
170419五柱神社大杉⑪

170419五柱神社大杉⑫

住 所 東京都あきる野市養沢1392  五柱神社
交 通 JR五日市線「武蔵五日市駅」よりバス「上養沢」行き乗車「軍道」下車
    約400m 

五柱神社MAP

Posted on 2017/05/02 Tue. 19:31 [edit]

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乙津のカツラ 

あきる野市の「養沢神社のトチノキ」を見に行ったものの残念ながら枯死のため伐採されていました。時間あるので国道201号沿いを歩いていたら、養沢から乙津に入る辺りで大きなカツラが見えてきました。転んでもただでは起きません。幹をよく見るとあきる野市の保存樹木の表示板が取り付けてありました。

●東京都あきる野市
●あきる野市保存樹木
●周辺巨樹 五柱神社の大スギ(約2.2km)
●撮影年月日 2017年4月19日

170419乙津のカツラ①

根元まで行くことはできません。きれいな水が流れています。
170419乙津のカツラ③

橋を渡って反対側の道路から。そばに立つ木はイトマキイタヤのようです。
170419乙津のカツラ⑤

カツラの葉は可愛いです。
170419乙津のカツラ⑥

住 所 東京都あきる野市乙津2320付近
交 通 JR五日市線「武蔵五日市駅」よりバス「上養沢」行き乗車「怒田畑」下車
    北方向

乙津のカツラMAP

Posted on 2017/04/28 Fri. 13:03 [edit]

thread: 植物の写真

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四谷見附公園のプラタナス 

迎賓館の近くに「四谷見附公園」があります。大正10年(1921)に公園として公開された時にはすでにあった木だということで、巨木の多い新宿の公園の中で最大のプラタナスです。和名は「モミジバスズカケノキ」です。

初めて見ましたが、日本樹木医会の「健康優良樹」のお墨付きの案内板があります。認定されている木は全国的にとても少なく、東京都ではこの木だけです。

●東京都新宿区
●みどりの新宿30選
樹高32m
幹周4.8m
推定樹齢
 ※『巨木学』(宮誠而 2015)

●周辺巨樹 新宿御苑の木々 新宿御苑のラクウショウ(約1.7km)
●撮影年月日 2017年1月18日

170118四谷見附公園1

円形劇場のような公園の中央にこの木が主人公のように立っています。近くの植え込みにはこんな文章が刻まれています。
「人生は舞台である 主役は、この木のように上手から登場し、下手へと消える。舞台には、ただ、喝采が残る。
人の活動は、文化である。そして、その軌跡は、歴史となる。」
170118四谷見附公園2

170118四谷見附公園プラタナ

日本樹木医会の「健康優良樹」案内板
170118四谷見附公園案内

中学校側にも斜めの大きなプラタナスが生えています。
170118四谷見附公園のプラタ


四谷見附公園
大正10年(1921)、「赤坂離宮前記念公園」として当時の東京市に委託管理・開園されましたが、後に新宿区の公園として「四谷見附公園」と改称されました
170118四谷見附公園⑧

住 所 東京都新宿区四谷1-12(区立四谷中学校南)
交 通 JR中央本線・東京メトロ丸の内線・南北線「四ツ谷駅」より約460m

四谷見附公園MAP

Posted on 2017/02/10 Fri. 06:17 [edit]

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弁天町の大エノキ 

崖の上に立って町を見下ろしているような大エノキが都内にあります。1本の木に見えますが、2本の木の合体木です。昭和53年(1978)の計測では、幹周1.6mと1.3mと別々でしたが、平成22年(2010)は合体して4.3m、平成27年(2015)には5mを超え、元気に成長しています。

何故ここに巨木があるのか?地元の人によると、ここは台地の端にあたり、湧水が流れ込む所であることや1920年代前半頃まで坂道は川だったのでその水を吸い込んで大きくなったことなど、水をよく吸収するエノキが水環境十分な場所で育つことができたということです。

写真を撮っていたら、高齢の女性が通りかかり、エノキの写真を撮っていることにとても嬉しそうな笑顔をいただきました。
このエノキは開発伐採の危機にあり、町の人々が守る会を作って活動しています。

巨樹の弁天町エノキを愛する会

●東京都新宿区
●新宿区みどりの文化財
●樹高約20m  幹周約5m
●撮影年月日 2016年9月17日

160918東京弁天町のエノキ①

幹の2ヶ所に保護樹木指定の札がつけられているのですが、伐採の可能性があるようです。
160918東京 弁天町のエノキ

崖にこのエノキがあることで、ゲリラ豪雨や長雨の時も擁壁から水が流れ出さずに、自然災害を回避する一端を担っているとのこと。
160918東京弁天町のエノキ②

160918東京弁天町のエノキ④

160918東京弁天町のエノキ⑥

坂を上がって駐車場側から。エノキの周りは立入禁止です。
160918東京弁天町のエノキ③

住 所 東京都新宿区弁天町135付近
交 通 都営大江戸線「牛込柳町」から約400m  東京メトロ「早稲田駅」
    から約750m

弁天町の大エノキMAP

Posted on 2016/10/18 Tue. 21:10 [edit]

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赤坂氷川神社の大イチョウ 

港区内で最大の善福寺のイチョウに次ぐ大きさと樹齢で、享保15年(1730)に神社が建立される以前から生育していたと考えられています。
境内には大きなイチョウが3本ありますが、最も大きいイチョウは境内の東側にあります。

イチョウに近いベンチで笛の練習(?)をしている高年男性がいらっしゃいました。雅楽のような音色でこの場にとても合っているようで、素敵なBGMの中で写真を撮らせていただきました。

●東京都港区
●港区指定天然記念物
●樹高約25m  幹周約7.5m  樹齢推定400年
●周辺巨樹 善福寺の逆さイチョウ(約2.1km)
      山王日枝神社男坂の大イチョウ(約1.2km)
●撮影年月日 2016年6月25日

160625氷川神社イチョウ①

160625氷川神社イチョウ③

裏側は東京大空襲で焼けて空洞になっています。東京は戦災巨樹が多いです。
160625氷川神社イチョウ④


境内には他にも2本の大きなイチョウが立っています。
こちらは注連縄がかけられています。
160625氷川神社イチョウ⑦

塀側のイチョウは荒々しい。
160625氷川神社イチョウ⑧


赤坂氷川神社
氷川神社のHPによると、創建は天歴5年(951)、武州豊島郡人次ヶ原(俗称…古呂故ヶ岡・赤坂4丁目一ツ木台地)に祀られました。享保15年(1730)に現在地へ遷宮が行われました。
遷宮前この場所は、忠臣蔵・浅野内匠頭の妻の実家の浅野土佐守屋敷があり、大石内蔵助が討ち入りの朝に訪れたそうです。
160625港区氷川神社イチョウ

住 所 東京都港区赤坂6-10-12 赤坂氷川神社
交 通 東京メトロ千代田線「赤坂駅」より約700m
    東京メトロ南北線「六本木一丁目駅」・都営大江戸線「六本木駅」より
    約800m

赤坂氷川神社MAP

Posted on 2016/09/07 Wed. 21:27 [edit]

thread: 史跡・神社・仏閣

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山王日枝神社男坂の大イチョウ 

山王日枝神社表参道の山王男坂入口に立っています。参道も坂なのですが、男坂は鳥居をくぐった階段のことで、イチョウがすぐそばに立っています。根が盛り上がってどっしりしていますが、アスファルトで囲まれているので窮屈そうです。
日枝神社の杜にもっと大きいイチョウがあるそうなのですが、立ち入りはできず見えにくいところにあるということで、確認はできませんでした。

●東京都千代田区
●樹高30m  幹周5m  樹齢推定300年
●周辺巨樹 赤坂氷川神社の大イチョウ(約1.2km)
●撮影年月日 2016年6月25日

160625日枝神社イチョウ①

160625日枝神社イチョウ②

160625日枝神社イチョウ③

平成22年(2010)秋に、道路を挟んだ向かいに最高部120mの高層ホテルが建ちました。長年生きてきたイチョウもたまげたのではないでしょうか。
160625日枝神社イチョウ⑤


山王日枝神社
創建は不明ですが、文明10年(1478)江戸城築城にあたって、大田道灌が川越日枝神社を江戸の鎮護神として祀ったのが始まりといわれています。明暦3年(1657)の大火で社殿が焼失し、万治2年(1659)に現在地に遷座しました。昭和20年(1945)の東京大空襲でも社殿が焼失し、昭和33年(1958)に再建されました。
160625日枝神社イチョウ⑥

住 所  東京都千代田区永田町2-10 山王日枝神社  
交 通 東京メトロ丸の内線・千代田線「国会議事堂前」5出口
    東京メトロ南北線「溜池山王」7出口(3分)

山王日枝神社MAP

Posted on 2016/09/03 Sat. 04:43 [edit]

thread: 花・植物

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増上寺のグラント松 

東京都内で有数の古い建築物であり、東日本では最大の門「三解脱門」のそばに大きな松が立っています。マツ科のヒマラヤスギで原産地はヒマラヤ北西部からアフガニスタン東部です。マツの緑と門の赤が絵になっていました。

案内板に「米国第18代大統領グラント将軍は明治12年7月、国賓として日本を訪れ、増上寺に参詣した記念としてこの樹を植えました。」とありました。明治時代、増上寺の敷地は明治政府に押収され北海道開拓のための仮開拓使庁舎が置かれました。アメリカの農務長官ホーレス・ケプロンが開拓使顧問として来日して指導にあたり、この東京で北海道開拓が進められました。当時の大統領グラント将軍も来日し、その記念として長崎公園、上野公園、芝公園(増上寺)で記念植樹を行いました。

●東京都港区
●港区保護樹木
●撮影年月日 2016年3月30日

160330増上寺グラント松①

160330増上寺グラント松②/

160330増上寺グラント松③

桜が七分咲きくらいでした。
160330東京都増上寺グラン


増上寺
明徳4年(1393)、現在の千代田区平河町周辺に創建され、江戸城築城のため、慶長3年(1598)に現在地に移転されました。17世紀中頃は、檀林(学問所)が置かれ、120以上のお堂や100件以上の学寮があり、3千人以上の学僧が学んでいたそうです。
また、徳川家の菩提寺として歴代6人の将軍が眠っています。
160330増上寺グラント松④

住 所 東京都港区芝公園4-7-35 増上寺
交 通 都営地下鉄三田線「御成門駅」「芝公園駅」より徒歩約5分
    都営浅草線「芝公園駅」「大門駅」・都営大江戸線「大門駅」より
    徒歩約6分

増上寺MAP

Posted on 2016/04/27 Wed. 20:52 [edit]

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明治神宮の御神木楠 

都心とは思えない豊かな自然の中に明治神宮があります。巨樹の多い参道を進んで境内に入ると、本殿の両側にこんもりと見える御神木の楠が鎮座していました。本殿左側に夫婦楠があるということしか知らなかったので、思いもよらずのお得感でした。

●東京都渋谷区
●撮影年月日 2015年11月4日

151104渋谷区明治神宮①


本殿の左手に「夫婦楠」と呼ばれる、注連縄で結ばれた2本の楠があります。明治神宮が鎮座された当初からあり、縁結びの御神木となっています。
151104渋谷区明治神宮②

151104渋谷区明治神宮③

151104渋谷区明治神宮④


本殿右手には、「祈願絵馬」に囲まれた御神木の楠が立っています。紙に願い事を書いたり、絵馬を眺めたりしている人たちを見守っているかのようでした。パワースポットとして夫婦楠が有名なようですが、この木も劣らず良い木に思えました。
151104渋谷区明治神宮⑤

151104渋谷区明治神宮⑦


木造明神鳥居として日本一の大きさの「二の鳥居」。台湾産の樹齢1500年のヒノキで、高さ12m、幅17.1m、柱の太さが直径1.2m、重さが13tあります。この鳥居は二代目で、一代目も樹齢1200年のヒノキでしたが、昭和41年(1966)に雷で破損したそうです。
151104渋谷区明治神宮⑧

明治神宮
広大な敷地は、江戸初期以来加藤家、井伊家の下屋敷の庭園でしたが、明治時代に宮内省の所轄となり、代々木御苑として明治天皇と昭憲皇太后が度々訪れました。明治神宮は、崩御された明治天皇と昭憲皇太后を祭神として大正9年(1920)に建立されました。初詣は日本一の参拝者数を誇っています。面積約83,000㎡の御苑は、建立時に100年後の自然林を見据えて植樹された人工の森です。

住 所 東京都渋谷区代々木神園町1-1 明治神宮
交 通 JR山手線「原宿駅」「代々木駅」・小田急小田原線「参宮橋駅」
    東京メトロ副都心線「明治神宮前駅」「北参道駅」
    東京メトロ千代田線「明治神宮前駅」

明治神宮MAP

Posted on 2015/12/10 Thu. 09:50 [edit]

thread: 植物の写真

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新宿御苑の木々 

新宿御苑は明治39年(1906)に誕生しました。皇室の庭園として造られましたが、戦後国民公園となり、一般に開放されました。巨樹の多い広大な緑地は、都会とは思えないほどです。

●周辺巨樹 四谷見附公園のプラタナス(約1.7km)
●撮影年月日 2015年10月24日

ハクモクレン
151024新御ハクモクレン

モミジバスズカケノキ
151024モミジバスズカケ2

別のモミジバスズカケノキ
151024新御モミジバスズカケ

151024新御①

日本庭園の池の小島にマツ
151024新御②

151024新御③

秋に咲く子福桜
151024新御子福桜


●撮影年月日 2012年9月15日
東京都 新宿御苑2012_0915②_

東京都 新宿御苑2012_0915③_

東京都 新宿御苑2012_0915④_

東京都 新宿御苑2012_0915⑥_

東京都 新宿御苑2012_0915⑨_

東京都 新宿御苑2012_0915①_

東京都 新宿御苑2012_0915⑩_


●撮影年月日 2010年10月17日
東京都 2010.10.17新宿御苑②


●撮影年月日 2010年6月27日
東京都 2010.6.27新宿御苑⑤

東京都 2010.6.27新宿御苑④

東京都 2010.6.27新宿御苑②


国民公園協会 新宿御苑HP   環境省 新宿御苑HP

パンフレットによると「新宿御苑は、徳川家康の家臣、内藤氏の江戸屋敷の一部がそのルーツといわれています。明治に入り、農事試験場を経て、明治39年(1906)に皇室の庭園となり、戦後昭和24年(1949)に国民公園として一般に公開されました。
151024新宿御苑

住 所 東京都新宿区内藤町11
交 通 東京メトロ丸の内線「新宿御苑前駅」出口1徒歩5分
    東京メトロ副都心線・都営新宿線「新宿三丁目駅」各徒歩5分

新宿御苑MAP

Posted on 2015/11/22 Sun. 06:43 [edit]

thread: 花・植物

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新宿御苑のラクウショウ 

新宿門を入って右手に進むと、辺り一面に無数の棒状のものがニョキニョキと生えた不思議な光景が見えてきます。これはラクウショウという木の「気根(膝根)」という根で、湿地に生えると呼吸のために根が上に向かって伸びます。
ラクウショウは北アメリカ原産で、日本でも見られますが、日本国内でこれほど古く、気根も美しく発達したものは大変珍しいそうです。

●東京都新宿区
●樹齢推定100年以上
●周辺巨樹 四谷見附公園のプラタナス(約1.7km)
●撮影年月日 2015年10月24日

151024御苑ラクウショウ①

151024御苑ラクウショウ②

151024御苑ラクウショウ③

粘土を丸めたような実もいっぱい生っていました
151024新宿御苑ラクウショウ

新宿御苑
パンフレットによると「新宿御苑は、徳川家康の家臣、内藤氏の江戸屋敷の一部がそのルーツといわれています。明治に入り、農事試験場を経て、明治39年(1906)に皇室の庭園となり、戦後昭和24年(1949)に国民公園として一般に公開されました。
151024新宿御苑

住 所 東京都新宿区内藤町11
交 通 東京メトロ丸の内線「新宿御苑前駅」出口1徒歩5分
    東京メトロ副都心線・都営新宿線「新宿三丁目駅」各徒歩5分

新宿御苑MAP

Posted on 2015/11/18 Wed. 19:58 [edit]

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浜離宮恩賜庭園の三百年の松 

正面から見ると、大きな半円状に松の葉が生い茂っています。横から見ると、小高い所に幹があり、二股に分かれたうちの1本の枝が低く張り出して堂々たる姿になっています。都内で最大級の黒松です。
宝永6年(1709)に六代将軍家宣が、庭園を大改修したとき、その偉業をたたえて植えられました。

●東京都中央区
●樹齢推定300年以上
●撮影年月日 2015年9月19日

150919浜離宮三百年の松①

左斜め前から。見事に前に張り出しています。
150919浜離宮三百年の松②

150919浜離宮三百年の松③

右斜め前から。
150919浜離宮三百年の松⑥


庭園内には、このような松が多く植栽されています。
150919浜離宮三百年の松⑧

コスモスに囲まれたアオノリュウゼツラン(青の竜舌蘭)。巨大化したアロエのようです。花の開花は、日本では30~50年に一度しか咲かないそうです。
150919浜離宮三百年の松⑫

庭園は、汐留の巨大ビル群とのコントラストが印象的です。
150919浜離宮三百年の松⑪

「潮入りの池(海水の池)」と「中島の御茶屋」の景色もビルがセット。
150919浜離宮三百年の松⑨


浜離宮恩賜庭園
江戸時代には、江戸城の「出城」としての機能を果たしていた徳川将軍家の庭園です。明治維新後は皇室の離宮となり、名称を「浜離宮」と変えました。その後の、関東大震災や戦災で、当時の面影は失われましたが、昭和20年11月に東京都に下賜され整備され、昭和21年4月有料公開されるに至りました。国の特別名勝・特別史跡になっています。

住 所 東京都中央区浜離宮庭園1-1
交 通 大手門口:都営地下鉄大江戸線「汐留」下車徒歩5分(中の御門口)・
    徒歩7分(大手門口)

浜離宮恩賜庭園

Posted on 2015/10/04 Sun. 21:31 [edit]

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榎稲荷神社のエノキ(枯死) 

昔は境内にエノキの林があったそうです。宝暦年間の頃(1751~1764)に中風が流行し、治癒を願って境内に生えるエノキの皮を持ち帰ったところ、効きめがあり、榎稲荷神社と呼ばれるようになったということです。
現在は、東京大空襲で焼けたエノキが隅にひっそりと残されています。枯死していますが、注連縄がつけられ御神木として大事にされています。戦争を語るモニュメントのようにも思えました。

●東京都墨田区
●撮影年月日 2015年8月18日

150818榎稲荷神社の榎①

150818榎稲荷神社の榎②

エノキの前に、昭和38年(1963)に建てられた建立300年記念碑があります。
150818榎稲荷神社の榎④


榎稲荷神社
天和3年(1683)に菊川という川の堤に建立、土手稲荷と呼ばれました。後に、大久保紀伊守の邸内社となりましたが、関東大震災で焼失し、現在の地に移転されました。
神社には、東京大空襲後に建立された地蔵尊が祀られています。この一帯は大空襲で火の海になり多くの方が亡くなりました。 近くの菊川公園に仮埋葬された人数は4515人。戦後、この公園に犠牲者の冥福と平和を願う地蔵尊が建立され、昭和40年(1965)、公園の改修のため地蔵尊は榎稲荷神社に移転されました。

150818榎稲荷神社の榎⑤

住 所 東京都墨田区立川4-12-24 榎稲荷神社
交 通 都営新宿線「菊川駅」徒歩5分

榎稲荷神社MAP

Posted on 2015/09/06 Sun. 08:19 [edit]

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吾嬬神社の連理の楠(枯死) 

大正時代にはすでに枯れていたそうですが、注連縄がかけられていて、市の文化財になっています。
江戸時代、この地域は木が生い茂り「吾嬬の森」「浮州の森」と呼ばれていました。森の中で最も高く、一つの根から二つの幹が出ていた楠は「連理の楠」と呼ばれ、『江戸名所図絵』や歌川広重の『江戸名所百景』にも描かれた有名な楠でした。

●東京都墨田区
●墨田区有形文化財
●撮影年月日 2015年8月18日

囲いの中にある右の木が連理の楠。市の方に伺いましたら、左の木は、連理の楠が枯れたため、昭和35年前後に新たに植樹された楠ということです。
150818吾嬬神社連理の楠⑥

枯れて二つに分かれた幹の間に生えている細い木は、楠ではなくアラカシ。
150818吾嬬神社連理の楠①

注連縄付近は焼けた跡が目立っていました。東京大空襲によるものかもしれません。
150818吾嬬神社連理の楠③

囲いの中には、大きく「神樟」の石碑。
150818吾嬬神社連理の楠④


吾嬬神社
日本武尊(やまとたけるのみこと)が遠征の途中、暴風雨となり、それを鎮めるために弟橘媛(おとたちばなひめ)が生贄となって海に身を投げました。流れ着いた遺品を葬って塚を作ったのが始まりといわれています。また遺品の中にあった箸が根づいて、根から二つの幹が出たので「連理の楠」になったという言い伝えもあります。

150818吾嬬神社連理の楠⑤

本殿の裏手にある奥宮の狛犬は、安永2年(1773)の銘を持っています。
150818吾嬬神社連理の楠⑧  150818吾嬬神社連理の楠⑦

住 所 東京都墨田区立花1-1-15 吾嬬神社
交 通 東武亀戸線「東あずま駅」徒歩7分

吾嬬神社MAP

Posted on 2015/09/03 Thu. 19:15 [edit]

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源長寺の大欅(枯死) 

昭和20年の東京大空襲で焼けた木は、焼け焦げを残しながらもよみがえって枝葉を茂らせている木もあれば、枯死してしまった木もあります。枯れた木の中には、戦争の悲劇を後世に伝えるものとして、大事にされている木もあります。

私がこの戦災木を知ったのは、1998年発行の『戦災の跡をたずねて(長崎誠三編著 ㈱アグネ)』ですが、現在は、掲載されていた欅の写真よりかなり劣化が進み形が変わっていました。欅のそばの案内板によると、「文化文政年間この地帯に多く見られたが、昭和20年戦火の為最後の一本を焼失、その残りがこの切り株である。」

また、同書によると、源長寺には同じく焼けた樹齢200年のイチョウがあり、再び芽を吹いたそうですが、昭和40年の台風で折壊し、残った下部に案内板が立てられたということでした。が、現在は撤去されてしまったようで、出会うことはできませんでした。

●東京都足立区
●撮影年月日 2015年8月10日

150810足立区 源長寺の欅①

150810足立区 源長寺の欅②

内部の焼け焦げが痛ましい。
150810足立区 源長寺の欅③j


源長寺
案内板によると「浄土宗稲荷山勝林院源長寺と号す。慶長三年(1598)この地に住み開拓した石出掃部亮吉胤により、同十五年(1610)一族の菩提寺として開かれたが、千住大橋架橋等に尽くした郡代伊奈備前守忠次を敬慕してその法名にちなむ寺号を付して開基としている。」

住 所 東京都足立区千住仲町4-1 源長寺
交 通 京成本線「千住大橋駅」より徒歩約5分
    東京メトロ日比谷線・千代田線・JR常磐線・東京スカイツリーライン
    「北千住駅」より徒歩約10分

源長寺MAP

Posted on 2015/08/16 Sun. 19:09 [edit]

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東大工学部の大イチョウ 

東大本郷キャンパス正門を入ると続くイチョウ並木も素敵ですが、工学部1号館前の1本の大イチョウも見事です。広々とした空間に大きく枝葉を広げて生きるのはイチョウにとっても気持ちが良いし、見る方もゆったりした気持ちになれます。

●東京都文京区
●樹高約20m  幹周約5m  樹齢推定400年
●撮影年月日 2015年8月6日

150806東大工学部イチョウ①

150806東大工学部イチョウ②

150806東大工学部イチョウ③

150806東大工学部イチョウ④

関東大震災後に植樹された本郷キャンパス内の木は、イチョウ・ケヤキ・スダジイ・サクラ等が多いですが、イチョウが一番多く290本の木が立っています。東大のシンボルマークには2枚のイチョウの葉がデザインされていて、イチョウは東大のシンボルとなっています。

住 所 東京都文京区本郷7丁目3-1
交 通 東京メトロ南北線「東大前駅」徒歩約6分
    東京メトロ大江戸線「本郷三丁目駅」徒歩約8分

本郷キャンパスMAP

Posted on 2015/08/13 Thu. 09:41 [edit]

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東大農学部と赤門のスダシイ 

本郷キャンパスは、イチョウ、ケヤキ、クスノキが多く植樹されていますが、かつての本郷台地は、常緑樹のシイノキ林だったと推定されています。現在もキャンパス内あちこちにシイノキが生えています。農学部(言問通り北側の弥生キャンパス)と赤門の横に大きなスダジイがありました。

●東京都文京区
●撮影年月日 2015年8月1日

農学部のスダジイ
農学部の農正門を入って正面、大きく枝葉を広げて立っています。関東大震災後に植樹された木が多い中、この木は自然に育ったもののようです。
150801農学部スダジイ①

150801農学部のスダジイ

150801東京都 農学部のスダ

2本の木のように見えますが、根元から枝分かれしています。
150801農学部スダジイ④

赤門のスダジイ
赤門が目立つので、あまり木に目がいきませんが、赤門向かって右側に大きく枝を広げた形の良いスダジイが立っています。
150801赤門スダジイ①

150801赤門スダジイ②

土曜なので門は閉められ、小扉だけが開いていました。右側の緑のかたまりがスダジイです。
(尻もちをついているように見える人がいますが、腹筋をしていました。)
150801赤門スダジイ③

赤門(旧加賀屋敷御守殿門)
文政10年(1827)、前田家が将軍徳川家斉の第二十一女の溶姫を迎え入れる際に建てられた門です。関東大震災の時の被害は少なかったですが、昭和31年(1956)に全面的解体修理が行われました。

住 所 東京都文京区本郷7丁目3-1
交 通 東京メトロ南北線「東大前駅」徒歩約6分
    東京メトロ大江戸線「本郷三丁目駅」徒歩約8分

本郷キャンパスMAP





Posted on 2015/08/10 Mon. 20:55 [edit]

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安田講堂のクスノキ(南) 

安田講堂そばの一対のクスノキは、同じ時期に植樹されたようですが、南側の(安田講堂向かって右側)のクスノキは、北側のクスノキより大きく、枝の生え方がたくましく男性的です。葉のつき方も固まってドサっという感じで重々しいので、北側は女性的、南側は男性的という印象でした。

●東京都文京区
●樹齢推定100年
●撮影年月日 2015年8月1日

150801安田講堂の右楠③

150801安田講堂の右楠②

150801安田講堂の右楠⑦

150801安田講堂の右楠④

囲いの外に根が出ています。
150801安田講堂の右楠⑤

クスノキの南側に大きな銅像があり、こちちを見て(たぶん安田講堂を見守って)いました。この銅像は本郷キャンパスのちょうど中央に位置しているそうです。銅像の主は、東京帝国大学の総長に二度就き、その間に文部大臣も務めた浜尾新です。
150801安田講堂の右楠⑥


本郷キャンパス
江戸時代、本郷キャンパスの敷地は、加賀藩前田家などの大名屋敷がありました。明治維新にほとんどを新政府がとりあげ官有地とし、日本で初めての近代的な国立大学が設立されました。大正12年(1923)関東大震災で壊滅した後に再興され、歴史的建物と最新設備、豊かな自然が調和したキャンパスとなりました。

東京の下町は、100回に及ぶ東京大空襲で絨毯爆撃により焼けつくされ、戦災の跡を残す木が多いですが、本郷キャンパスは懐徳館を除き、ほとんど被害が無く、巨樹にもその痕跡はないようです。東大が被害に遭わなかったのは、アメリカの意図的な何かがあったのかも知れませんが、そのおかげで本郷キャンパスは、歴史的な建造物も残り、焼け焦げた巨樹もなく、周囲は昔ながらの風情を残す家屋も多く残っています。

住 所 東京都文京区本郷7丁目3-1
交 通 東京メトロ南北線「東大前駅」徒歩約6分
    東京メトロ大江戸線「本郷三丁目駅」徒歩約8分

本郷キャンパスMAP

Posted on 2015/08/09 Sun. 20:16 [edit]

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安田講堂のクスノキ(北) 

東京大学の構内は、3,841本もの樹木が植栽されていて、緑豊かな公園のようです。安田講堂の正面向かって左右に堂々としたクスノキが対になって立っています。クスノキを囲むようにベンチもあり、大きなクスノキの下でゆったり読書や昼寝をしている人がいました。
平和やゆったり感を感じる風景ですが、昭和43年(1968)には、安田講堂攻防戦がありました。当時の上空から写された写真に、四方八方から放水を浴びせられる安田講堂と取り囲む大型車両や群衆のような警察や機動隊・・・それらと共に2本のクスノキはありました。

2本あるうちの北側(安田講堂向かって左)のクスノキは、大きく枝を広げて遠くから見ても形の良い木です。

●東京都文京区
●樹齢推定100年
●撮影年月日 2015年8月1日

150801 安田講堂の左楠①

150801 安田講堂の左楠③

後方に安田講堂。
150801 安田講堂の左楠④

上部は、毛細血管の様な繊細な枝ぶりです。
150801 安田講堂の左楠⑤

低い位置にあった大枝は切られています。切り口がまだ新しいです。
150801東京都 安田講堂の左

安田講堂
安田財閥の創始者の寄付により建設されたことにちなんで安田講堂と呼ばれています。着工は大正10年(1921)ですが、関東大震災のため工事が中断され、大正14年(1925)竣工しました。
昭和43年(1968)の東大紛争で荒廃して20年間閉鎖されていましたが、昭和63年(1988)から改修工事がなされました。平成8年(1996)に国の登録有形文化財に登録されました。

150801東京都 安田講堂

住 所 東京都文京区本郷7丁目3-1
交 通 東京メトロ南北線「東大前駅」徒歩約6分
    東京メトロ大江戸線「本郷三丁目駅」徒歩約8分

安田講堂MAP

Posted on 2015/08/06 Thu. 21:18 [edit]

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二之江神社のケヤキ 

古川親水公園沿いにあり、見下ろすように立っています。近くにはケヤキ公園、小学校があります。登下校時は賑やかなのでしょうが、行った時間帯は静かそのもので、親水公園の花や緑を流れる水の音、気持ちよさそうに自転車で走っていくヤクルト(?)のお姉さん、緑道を掃除する年配の方々、何だか時間がゆっくり流れているような感じでした。

●東京都江戸川区
●江戸川区登録天然記念物
●樹高24m  幹周4.6m  樹齢推定500年以上
●撮影年月日 2015年4月30日

150430二之江神社の欅①

150430二之江神社の欅②

補修のためか茶色の布製のもので保護されていました。大きな絆創膏の様で、絆創膏が肌色に合わせたものなら、これは木の茶に合わせたものか、優しいお手当のような気がしました。
150430二之江神社の欅③

水路は昔、古川と呼ばれ、行徳(千葉県)の塩を江戸に運ぶ水路として利用されていたそうです。1973年、日本で一番最初に作られた親水公園になりました。
150430二之江神社の欅⑤

150430二之江神社の欅⑧


二之江神社
創建は不明ですが、旧二之江村の鎮守で村社だった香取神社と、寛文年間(1661-1673)創建の八幡神社が昭和42年(1967)に合祀して、「二之江神社」に社号が変わりました。
150430二之江神社の欅

住 所 江戸川6-45  二之江神社
交 通 都営新宿線「一之江駅」徒歩約15分

二之江神社MAP

Posted on 2015/05/26 Tue. 21:38 [edit]

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豊田神社のケヤキ 

境内には、江戸川区保護樹のケヤキ4本、クスノキ、イチョウ、ムクノキがあり、その中で一番大きな御神木です。木は社殿方向に少し傾き、大枝が伐られているので、見る方向によっては形のバランスを欠いていますが、勢いのある木です。お参りに来た女性が、ケヤキにも両手を伸ばして木のパワーをいただいていました。
案内板によると、昔は木のそばに池があったということですが、その痕跡はありません。

●東京都江戸川区
●江戸川区保護樹
●樹高約25m  幹径約150cm  樹齢推定200年  
●撮影年月日 2015年4月30日

150430豊田神社の欅③

150430豊田神社の欅①

150430豊田神社の欅②

150430豊田神社の欅④

ケヤキのそばに鎮座していた番犬の様な狛犬
150430豊田神社欅⑦

豊田神社
案内板によると、旧下鎌田村の鎮守で創建は不詳です。天照大御神と経津主命を祀り、もとは「神明社」といわれていましたが、明治の初期に同地にあった別当の長寿院が廃寺となったため、跡地に社殿を建立して「豊田神社」に改称しました。
境内には、大正5年に築造された「下鎌田の富士塚」があり、区の有形文化財になっています。
150430豊田神社の欅⑤

住 所 江戸川区東瑞江1-18-1 豊田神社
交 通 都営新宿線「瑞江駅」より約500m

豊田神社MAP

Posted on 2015/05/13 Wed. 21:57 [edit]

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旧井伊家中屋敷のイヌマキ 

ホテルニューオータニ日本庭園内のこのイヌマキも、カヤと同じ天明年間(1780年代)から生育していたものと考えられてます。
なんと公衆トイレの女性用の真正面に立っているので(もうちょっとトイレの位置が何とかならなかったのか・・・)、カメラを持ってウロウロしている男性は、怪しい人に思われてしまう覚悟が必要です。

●東京都千代田区
●千代田区指定天然記念物
●樹高約21.1m  幹周約2.68m  樹齢推定220年
●撮影年月日 2015年1月15日

150115中屋敷イヌマキ①

150115中屋敷イヌマキ②

150115中屋敷イヌマキ③

150115中屋敷イヌマキ④

150115中屋敷イヌマキ⑤

イヌマキのそばのクスノキ。敷地内にはスダジイやタブノキもみられます。
150115中屋敷イヌマキ⑥


住 所 東京都千代田区紀尾井町4-1 ホテルニューオータニ敷地内
交 通 東京メトロ丸の内線「赤坂見附」下車徒歩約5分
    東京メトロ半蔵門線「永田町」下車徒歩約7分

ホテルニューオータニ日本庭園MAP

Posted on 2015/03/25 Wed. 08:10 [edit]

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旧井伊家中屋敷のカヤ 

千代田区内にある樹は、明治以降に植樹された木がほとんどですが、ホテルニューオータニの庭園になっている旧井伊家中屋敷のイヌマキとカヤは、ともに天明年間(1780年代)から生育していたものと考えられている貴重なものです。

●東京都千代田区
●千代田区指定天然記念物
●樹高約17.6m  幹周約2.94m  樹齢推定220年
●撮影年月日 2015年1月15日

150115旧井伊家中屋敷カヤ①

片側の枝がバッサリ切り落とされていました。
150115旧井伊家中屋敷カヤ③

150115旧井伊家中屋敷カヤ②

すぐそばに江戸時代の「寛永寺灯籠」があります。上野の寛永寺より放出された灯籠をホテル創業者が買い求めたものです。
150115旧井伊家中屋敷カヤ④

カヤのそばには「清泉亭」というレストランがあります。
150115旧井伊家中屋敷カヤ⑤

この日本庭園は、加藤清正公(1562~1611)の下屋敷、後に井伊家中屋敷の庭園となりました。

住 所 東京都千代田区紀尾井町4-1 ホテルニューオータニ敷地内
交 通 東京メトロ丸の内線「赤坂見附」下車徒歩約5分
    東京メトロ半蔵門線「永田町」下車徒歩約7分

ホテルニューオータニ日本庭園MAP

Posted on 2015/03/18 Wed. 04:41 [edit]

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立石熊野神社のクスノキ 

社殿の両隣に一対の御神木として立っています。参道の両側に一対の御神木というのはありますが、社殿の両隣というのは珍しいです。熊野神社は、陰陽師阿部晴明により勧請され、境内が陰陽五行説の五角になっています。御神木の位置もそのことと関連があるのでしょうか。
クスノキは2本とも大きく補修されていますが、丁寧な施しを受け大切にされていることが伺えました。

●東京都葛飾区
●葛飾区指定天然記念物
●樹高いずれも約25m  幹周右3.8m 左3.74m
 樹齢いずれも推定300年
●撮影年月日 2014年7月27日

社殿左のクスノキ
140727東京 熊野神社楠①

140727東京 熊野神社楠④

140727東京 熊野神社楠⑥

140727東京 熊野神社楠⑦/

社殿右のクスノキ
140727東京 熊野神社楠⑧

140727東京 熊野神社楠⑨

140727東京 熊野神社楠⑩

立石熊野神社
長保年間(999~1003)の創建。紀州・熊野で修行した陰陽師・安倍清明が東国行脚の折、この地に陰陽五行説(木・火・土・金・水)に基づいて五角の境内を造り紀州熊野三社権現を勧進しました。
神紋は、正五角形の中にヤタガラス。正五角形は陰陽五行説により、ヤタガラスは「古事記」「日本書紀」の神話にあるカラスの名称です。
140727東京 熊野神社楠⑫

住 所 東京都葛飾区立石8-44-31 熊野神社
交 通 京成線「青砥駅」徒歩約7分

熊野神社MAP

Posted on 2014/08/03 Sun. 11:17 [edit]

thread: ■東京を撮る■

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中川堤のイチョウ 

中川堤防沿いの道を歩いていくと、遠くからでも目立つイチョウがあります。並んで水神祠が祀られていて、洪水で堤防の決壊を防ぐために人柱となった名主の伝説があります。

江戸時代、大雨であちこちの川が氾濫し、この中川の土手も決壊しそうになりました。村民が必死に堤防を守ろうとしましたがどうにもできず、名主の源右衛門が自ら人柱になって、念仏を唱えながら濁流に入っていったそうです。 すると水の勢いが衰えて決壊に至らず済みました。村人達は感謝して、ここにイチョウと水神様を祀ったということです。

●東京都葛飾区
●葛飾区保存樹木
●撮影年月日 2014年7月6日

140706東京 中川堤銀杏①

140706東京 中川堤銀杏③

140706東京 中川堤銀杏④

140706東京 中川堤銀杏⑤

140706東京 中川堤銀杏②

140706東京 中川堤銀杏⑥

住 所 東京都葛飾区西水元3丁目5-20
交 通 つくばXP「八潮駅」より徒歩約35分

中川堤のイチョウMAP

Posted on 2014/07/16 Wed. 20:45 [edit]

thread: 花・植物

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金蓮(こんれん)院のラカンマキ 

風格と自由奔放な形を併せ持っていて、写真を撮るのに飽きのこない木でした。ラカンマキの大木は、都内ではとても少ないもののようです。
文政2年(1829)の紀行文『十方庵遊歴雑記』に「槇の大樹あり、太さ三尺四五寸廻りもあらんか、樹の高さ凡そ二丈余り、葉のかたち尋常にあらず、高野槇といえる類なられ、屈伸せし枝振また天然なり(以下略)」と記されています。

●東京都葛飾区
●葛飾区指定天然記念物
●樹高約10m  幹周約3m  樹齢推定400~450年
●撮影年月日 2014年7月5日

140705東京 金蓮院羅漢槇①

140705東京 金蓮院羅漢槇②

140705東京 金蓮院羅漢槇③

ネコが座っています。ネコについてはこちら
140705東京 金蓮院羅漢槇⑤

140705東京 金蓮院羅漢槇④

140705東京 金蓮院羅漢槇⑦

葛飾区保護樹木のクスノキも存在感のある立派な木でした。
140705東京 金蓮院楠②

140705東京 金蓮院楠①

金蓮(こんれん)
永正年間(1504~20)賢秀和尚により創建されました。旧門末30余ヵ寺をもった本寺格の寺院で、天正19年(1591)徳川家から朱印地10石を拝領しています。水戸徳川家の祈願所でもありました。

住 所 東京都葛飾区東金町 3-23-13 金蓮院
交 通 JR常磐線・京成線「金町駅」徒歩7分

金蓮院MAP

Posted on 2014/07/09 Wed. 21:12 [edit]

thread: 植物の写真

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葛西神社の弥栄(いやさか)銀杏 

巨木の多い神社で、3株のイチョウが市指定天然記念物になっています。弥栄(いやさか)銀杏は指定は無いですが、劣らぬ巨木です。見る方向から2本に見えたり3本に見えたり、昭和30年代まで千住にあった「お化け煙突」のようです。

案内板によると「明治の初年迄は金町の昼なお暗き明神森の大銀杏として知られていたが、度重なる此の地方の水害のため官命により排水を容易にする手段として数々の大木と共に伐採を余儀なくされた。しかしこの樹木の生命力は強く、再び自力で芽を吹き出して雄々しく成長して今日に至った。其の旺盛な生命力を称えて『弥栄銀杏』と命名した。」

●東京都葛飾区
●撮影年月日 2014年6月12日 7月5日

140612東京 葛西神社弥栄①

140612東京 葛西神社弥栄②

140612東京 葛西神社弥栄銀


区指定天然記念物になっている3本のイチョウの中で一番立派な木です。
140612東京 葛西神社銀杏②

140705東京 葛西神社銀杏2

保存樹木のクスノキ。幹周3.61m。江戸川に面した塀のそばです。
140705東京 葛西神社樟①

140705東京 葛西神社樟②

巨木と供にある神楽殿。この組み合わせは惹かれます。
葛西神社は、「葛西ばやし」発祥の地としても有名です。「葛西ばやし」は、昔から東京方面の祭礼にはなくてはならないものの一つだったそうで、現在も郷土芸能として伝わり、東京都指定無形文化財になっています。
140612東京 葛西神社①

140612東京 葛西神社③

葛西神社
旧名を香取宮と称し、元暦元年(1184)、上葛西、下葛西あわせて三十三郷の総鎮守として下総国香取大神宮の分霊を祀って、創立したと伝えられています。

140612東京 葛西神社④

住 所 東京都葛飾区東金町6-10-5 葛西神社
交 通 JR常磐線・京成線「金町駅」徒歩11分

葛西神社MAP

Posted on 2014/07/06 Sun. 08:30 [edit]

thread: ■東京を撮る■

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矢島稲荷の大ケヤキ 

遠くから木の姿は見えましたが、どこから行けるかちょっと迷いました。個人の敷地内の駐車場横にあります。
東京都では「練馬白山神社の大ケヤキ」に次ぐケヤキの巨樹です。

ケヤキにかけられた多くのロープやパイプ、梯子など、工事現場のようで痛々しくも思いましたが、樹勢はあります。
天保6年(1835)、安政6年(1859)、昭和28年(1953)の三度も火災にあい衰えが進んだそうですが、外科手術を受け回復しているようです。

●東京都府中市
●府中市指定天然記念物
●樹高約17m  幹周約9.55m  樹齢推定800年
●撮影年月日 2014年3月11日

140311東京 矢島稲荷大欅①

140311東京 矢島稲荷大欅②

ここのお稲荷さんは子どもを抱いています。
140311東京 矢島稲荷大欅③

140311東京 矢島稲荷大欅④

神社というより工事の資材置き場
2014_0311_091614-DSC04613.jpg

住 所 東京都府中市宮西町4-3-2付近
交 通 京王線「府中駅」徒歩6分
    JR武蔵野線・南武線「府中本町」徒歩7分

矢島稲荷MAP

Posted on 2014/03/23 Sun. 11:52 [edit]

thread: ★樹木★

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王子神社のイチョウ 

戦災で社殿や太田道灌が雨宿りした伝説のあるシイ等多くが焼失した中で、生き残ったイチョウです。樹幹の先端部は欠損したそうですが、樹高は高く自然な樹形になっています。
音無親水公園から社殿に行く階段の途中にあります。

●東京都北区
●東京都指定天然記念物
●樹高24.2m  幹周5.2m  樹齢推定600年
●撮影年月日 2013年10月6日

131006東京 王子神社銀杏②

131006東京 王子神社銀杏③

131006東京 王子神社の銀杏

王子神社
創建年月日は不詳ですが、領主の豊島氏が社殿を再興したとされています。昭和20年(1945)、戦災で社殿は焼失しましたが、昭和39年(1964)、昭和57年(1982)に造営が行われ再建されました。

住 所 東京都北区王子本町1-1-12
交 通 JR京浜東北線・東京メトロ南北線「王子駅」徒歩3分

王子神社MAP

Posted on 2013/10/14 Mon. 07:48 [edit]

thread: ★樹木★

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玉林寺(ぎょくりんじ)のシイ 

東京都では2番目に大きいシイで、お寺の創建以前から存在していたそうです。平成3~5年に大規模な治療が行われました。

お寺で記帳して案内していただきました。本堂の裏庭をかなり行くので、お寺の許可が必要です。奥へ奥へと進むと、やがて逆光の中でそびえる大きい黒い塊が見えました。

●東京都台東区
●東京都指定天然記念物・台東区保護樹木
●樹高9.5m  幹周5.63m  樹齢推定
●撮影年月日 2013年10月6日

131006東京 玉林寺の椎①

131006東京 玉林寺の椎②

131006東京 玉林寺の椎③

131006東京 玉林寺の椎④

玉林寺(ぎょくりんじ)
天正19年(1591)、現在地に創建された曹洞宗の寺院です。立派な木が多くあり、「台東区指定樹木」12本があります。
玉林寺は、九重親方の菩提寺だそうで、横綱千代の富士の銅像があります。似ています。この銅像の除幕式には、九重親方も出席されたそうです。

131006東京 玉林寺の椎⑤

住 所 東京都台東区谷中1-7-15
交 通 東京メトロ千代田線「根津駅」徒歩7分
    JR山手線・京浜東北線・常磐線・京成本線「日暮里駅」徒歩12分

玉林寺MAP

Posted on 2013/10/12 Sat. 22:30 [edit]

thread: ★樹木★

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谷中のヒマラヤ杉 

昔ながらの寺町風情のある谷中の、広くないY字路にあるヒマラヤ杉です。町の人々の間では「谷中のシンボル」として大切にされています。

●東京都台東区
●台東区保護樹木
●撮影年月日 2013年10月6日

131006谷中のヒマラヤ杉①

131006谷中のヒマラヤ杉②

131006谷中のヒマラヤ杉⑤

ヒマラヤ杉は直立の幹なのですが、この杉は大きく湾曲しています。主の家を壊さず守るように伸びています。
131006谷中のヒマラヤ杉③

131006谷中のヒマラヤ杉④

現在、土地を購入した民間業者が、この一帯の宅地開発計画のためヒマラヤ杉も伐採する方針で、住民から反対運動が起こり、会を結成して木や町を守るための署名活動等を行っています。

ヒマラヤ杉と寺町谷中の暮らしと文化、町並風情を守る会

住 所 東京都台東区谷中1-6-15
交 通 東京メトロ千代田線「根津駅」徒歩7分
    JR山手線・京浜東北線・常磐線・京成本線「日暮里駅」徒歩12分

ヒマラヤ杉MAP

Posted on 2013/10/07 Mon. 21:17 [edit]

thread: ★樹木★

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震災イチョウ 

イチョウは、震災復興を語り継ぐ木として、皇居ランナーが多く立ち寄る大手濠(ぼり)緑地に立っています。
案内板によると
「この木は、震災イチョウ(震災銀杏・震災いちょう)と呼ばれています。樹齢150年を超えると思われるこのイチョウは、かつて文部省の跡地である一ツ橋一丁目一番一帯(現在のパレスサイドビル・住友商事竹橋ビル・一橋総合ビル一帯)にありました。大正12年(1923)9月の関東大震災によって一面焼け野原となった都心にあって奇跡的に生き残り、このイチョウは当時の人々に復興への希望を与えました。その後、復興事業に伴う区画整理によって切り倒されることになった際、当時の中央気象台長岡田武松氏がこれを惜しみ、なんとか後世に残したいと思い帝都復興局長官清野長太郎氏に申し入れたところ、長官もその意義を理解しこの地に移植されたという由緒をもっています。」

●東京都千代田区
●幹周約3.6m  樹齢推定150年
●撮影年月日 2013年6月8日

130608東京 震災銀杏①

130608東京 震災銀杏③

樹脂による修復が施された箇所は、カラスによりつつかれたらしく、黄色の素材が見えてしまっています。
130608東京 震災銀杏④

130608東京 震災銀杏⑤

そばには、皇室を弓削道鏡の陰謀から救ったといわれている「和気清麻呂」の銅像があります。
130608東京 震災銀杏⑥

ここに来る雀は人への警戒心があまり無く、平気で近くで遊んでいます。
130608東京 震災銀杏⑧

130608東京 震災銀杏⑦

住 所 東京都千代田区大手町1丁目 大手濠緑地内
交 通 東京メトロ東西線「竹橋」2番出口すぐ

大手濠緑地(和気清麻呂像)MAP

Posted on 2013/07/09 Tue. 20:56 [edit]

thread: ★樹木★

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湯島聖堂の楷(かい) 

楷は、幹や枝がまっすぐで、直角に枝分かれして、葉がきれいに揃い整然としているので、書道の楷書の語源となった木といわれています。中国の孔子の墓所に植えられている聖木で、中国の隋から清の時代には、官僚登用試験の合格祈願木となり、歴代の文人が自宅に「楷の木」を植えたことで『学問の木』ともいわれるようになりました。
日本では、大正4年(1915)、林学博士の白澤保美氏が孔子の墓所から種を日本に持ち帰り、東京目黒の農商務省林業試験場で苗に仕立てたのが最初だそうです。

●東京都文京区
●撮影年月日 2013年6月8日

130608東京 湯島聖堂の楷①

130608東京 湯島聖堂の楷②

130608東京 湯島聖堂の楷③

130608東京 湯島聖堂の楷④

楷樹のそばには、高さ4.57m、重量約1.5tという世界最大の孔子の銅像が見守っています。
130608東京 湯島聖堂の楷⑤

湯島聖堂内には、スダジイも点在しています。
130608東京 湯島聖堂①

130608東京 湯島聖堂②

130608東京 湯島聖堂③

130608東京 湯島聖堂④

湯島聖堂
1690年(元禄3年)5代将軍徳川綱吉が儒学の振興を図るために建てられた孔子廟です。その後、寛政9年(1797)に幕府直轄学校として「昌平坂学問所」が開設されました。
明治維新後は、新政府の所管となり、大学校・大学と改称され、その後、学校は廃され文部省が置かれ、日本初の博物館、東京師範学校、日本初の図書館など近代教育発祥の地となりました。
大正11年(1922)、湯島聖堂は国の史跡に指定されましたが、翌年の関東大震災でほとんどを焼失しました。再建されたものが現在の湯島聖堂です。

130608東京 湯島聖堂

住 所 東京都文京区湯島1-4-25
交 通 JR総武線「御茶ノ水駅」徒歩2分
    東京メトロ千代田線・丸の内線「新御茶ノ水駅」徒歩3分

湯島聖堂MAP

Posted on 2013/07/07 Sun. 11:57 [edit]

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万年橋のケヤキ 

野火止用水の岸にケヤキがあります。信号のすぐそばです。根が用水を橋のようにまたいでいるので、万年橋のケヤキと呼ばれています。橋のない時代は、この根を橋として人々が利用していたそうです。

この木は幹が2本ありましたが、平成8年(1996)の台風で片方が倒れました。しかし、大幹にも関わらず道路に沿って倒れたので、人や建物への被害は一切なかったそうです。
この倒れた大幹は、これを惜しんだ稲荷神社(恩多町三丁目)の氏子さんたちにより、同神社の境内に9年保存された後、賽銭箱として再生されました。

水路をふさがぬよう根を変形させて成長し、人々の役に立つ橋として踏まれ、幹が倒れる際も周囲への被害を最小限にとどめ、その倒れた幹は、ケヤキを大切に思う人たちの手で新たな形で生かされ・・・無償の愛を表現しているような木です。

●東京都東村山市
●東村山市指定天然記念物
●樹高約30m  幹周約6m
●撮影年月日 2013年5月3日

130504東京 万年橋の欅①

130504東京 万年橋の欅②

130504東京 万年橋の欅③

130504東京 万年橋の欅④

130504東京 万年橋の欅⑤

野火止用水
承応4年(1655)に川越城主松平伊豆守信網の命で、野火止台地や武蔵野台地のかんがい用水として造られました。
戦後の生活様式が変化すると野火止用水は水質汚染が進みました。加えて東京の水事情の悪化のため、分水の一時中止や水量制限で用水路の暗渠化が進みました。300年続いた用水を滅ぼしてはならないと、清流復活事業によって1984年に通水が復活。地域ボランティアの方々の努力もあって、現在は清らかな流れの憩いの場となっています。

住 所 東京都東村山市恩多町1-1
交 通 西武新宿線「久米川駅」から徒歩20分 「東村山駅」から徒歩35分

万年橋のケヤキMAP

Posted on 2013/05/19 Sun. 19:03 [edit]

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梅岩寺のケヤキ 

ケヤキの幹は、凹凸が多くコブもいくつもあり、いかにも古木という風情です。文化・文政期(1804~1829)に編纂された武蔵国の地誌「新遍武蔵風土記稿」には梅岩寺のケヤキとカヤの記述があります。
「周囲二丈許ノ古槻アリ、或ハ一丈二尺ノ椴樹、門ニ入ッテ左右ニアリ」。『槻』はケヤキ、『椴』はカヤを指しています。

●東京都東村山市
●東京都指定天然記念物
●樹高約33m  ●幹周約6.6m  樹齢推定700年
●撮影年月日 2013年5月3日

130504東京 梅岩寺の欅①

130504東京 梅岩寺の欅②

130504東京 梅岩寺の欅③

130504東京 梅岩寺の欅④

130504東京 梅岩寺の欅⑦


梅岩寺
応永5年(1397)に真言宗の寺としての創建が伝えられていますが、戦国時代に焼失。慶安4年(1651)阿山呑硯和尚により再建されたもの。曹洞宗の芳林山梅岩寺として再建されました。
現存する市内最古の庚申塔や新四国石仏などの文化財があります。

130504東京 梅岩寺の欅⑥

住 所 東村山市久米川町5-24-6
交 通 西武新宿線/国分寺線「東村山駅」徒歩25分

梅岩寺MAP

Posted on 2013/05/16 Thu. 20:42 [edit]

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梅岩寺のカヤ 

門をくぐって、右手にカヤ、左手にケヤキの巨樹があります。どっしりと落ち着いたカヤです。どの角度からみても様になる根っこが素晴らしかったです。

●東京都東村山市
●東村山市指定天然記念物
●樹高約30m  幹周約5.5m  樹齢推定600年
●撮影年月日 2013年5月3日

130504東京 梅岩寺大カヤ①

130504東京 梅岩寺大カヤ②

130504東京 梅岩寺大カヤ③

130504東京 梅岩寺大カヤ④

東村山駅から離れた2か所に行く予定でしたが、
東村山駅の隣の所沢駅すぐそばにレンタサイクルがあるとの事前情報で、
自転車で回る方が時間もかからないだろうと所沢駅に着きました。
レンタサイクルありません・・・前はあったけど、今は無くなったそう・・・

で、歩くことに。が、中途半端に地図を印刷していったのが敗因で
全然違う方向に行ってしまい、ここはどこ?
どっちに行けば良いのか全く分からなくなり、
長時間歩き用でない靴で足は痛いし、踏んだり蹴ったりの気分。

やっと通りすがりの女性に尋ねて、梅岩寺を教えていただきました。
女性と別れて歩くこと5分以上は経った頃、なんと先程の女性が私の後を追ってきたではありませんか。
間違えて教えてしまった、また歩かせるのは申し訳ないと、見ず知らずの私のために走ってこられたのです。
凄い親切に感謝感謝でした。感謝の気持ちになると疲れが飛ぶものです。
感謝の気持ちで梅岩寺に着くと、立派な巨樹2本に感激で、やはり良い日でした。


梅岩寺
応永5年(1397)に真言宗の寺としての創建が伝えられていますが、戦国時代に焼失。慶安4年(1651)阿山呑硯和尚により再建されたもの。曹洞宗の芳林山梅岩寺として再建されました。
現存する市内最古の庚申塔や新四国石仏などの文化財があります。

住 所 東村山市久米川町5-24-6
交 通 西武新宿線/国分寺線「東村山駅」徒歩25分

梅岩寺MAP

Posted on 2013/05/14 Tue. 20:04 [edit]

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飛木稲荷神社の大イチョウ 

昭和20年(1945)3月10日の大空襲で、いちょうは大きな被害を受けました。しかし他のいちょうと共に盾になるように懸命に火をくい止めたおかげで、町の延焼を防ぎ、多くの人たちが助かったそうです。黒こげの幹だけになったいちょうは、数年後に緑の芽を吹き出しよみがえりました。平和のシンボルとして大切にされています。

●東京都墨田区
●墨田区保護樹木
●樹高15m  幹周4.8m  樹齢推定500~600年
●撮影年月日 2013年4月20日

130420東京 飛木稲荷銀杏①

130420東京 飛木稲荷銀杏③

130420東京 飛木稲荷銀杏④

130420東京 飛木稲荷銀杏⑥

130420東京 飛木稲荷銀杏⑤

130420東京 飛木稲荷銀杏②

このイチョウは、絵本にもなっています。

『七本の焼けイチョウ』

戦災巨樹についてとても丁寧に書かれた本もあります。飛木稲荷神社のイチョウのほか、今まで出会った木が多く載っています。防災や郷土の歴史についても考えさせられる深い本です。

『よみがえった黒こげのイチョウ』


飛木稲荷神社
創建は、言い伝えによると、鎌倉幕府の滅亡後、北条氏の一門が逃れてこの地に転住し、稲荷大明神を奉祀したのに始まるとされています。
また別の言い伝えによると、大昔のある時、暴風雨の際、どこからかいちょうの枝が飛んできて、この地に刺さったとのことです。そしていつの間にか亭亭とそびえたので、時の人が、これは異状のことであるとして、稲荷神社をお祀りしたのが始めであると言われ、飛木稲荷の名もこれから起こったそうです。

130420東京 飛木稲荷銀杏⑦

130420東京 飛木稲荷の銀杏

住 所 墨田区押上2-39-6
交 通 都営浅草線「押上駅」より徒歩5分
     東武スカイツリーライン・亀戸線「曳舟駅」より徒歩5分

飛木稲荷神社MAP

Posted on 2013/05/11 Sat. 06:42 [edit]

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光圓(こうえん)寺のイチョウ 

戦前、文部省により日本一の大イチョウとして指定され、樹齢も千年を超えると折り紙をつけられた木ですが、東京大空襲で上部が焼失しました。幹の内部も空洞化して、柵が設けてあり入れなくなっています。木の裏側は炭状になった木肌が残っていて、痛ましさを感じます。
木は、枯れれば数年で朽ち果てますが、焼けて炭化した木は、虫もつかずほとんど変化しないので、腐ることはありません。焼けた形を残しながら、焼け残った部分から新しい枝葉を伸ばして、上へ上へと向かって生き続けています。

光圓寺の入口が分からず、隣接したお寺に入ってしまい、そこの方に教えて頂きました。子どもの頃、よく光圓寺のイチョウで遊んだそうです。光圓寺は、幼稚園の中を入っていきます。

●東京都文京区
●樹径2m以上(大正13年の記録では、樹高25.7m  幹周8.4m)
●撮影年月日 2013年3月3日

130303東京 光圓寺の銀杏①

130303東京 光圓寺の銀杏②

130303東京 光圓寺の銀杏③

130303東京 光圓寺の銀杏④

130303東京 光圓寺の銀杏⑤

光圓寺(こうえんじ)
天平13年(741)、行基が流木に薬師如来(元木薬師)を刻み、祀ったのが始まりといわれています。当初は真言宗でしたが、応永年中(1394~)に浄土宗に改修されました。
光圓寺は、関東大震災の翌年である大正13年(1924)に幼稚園を設立。幼稚園のHPによると、焼け野原の中で、当時の住職の「今、寺院としてできる社会貢献は、幼児を教育することである。それが社会を再生していく道だ」という志がかたちになったということです。
昭和20年(1945)の東京大空襲では、寺も幼稚園も全焼しました。また、イチョウのそばには、震災殉難者の碑があります。

住 所 東京都文京区小石川4-12-8
交 通 東京メトロ丸の内線「茗荷谷」徒歩15分
    都営三田線「春日」徒歩20分

光圓寺MAP


Posted on 2013/04/06 Sat. 08:03 [edit]

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榮松院のシイ 

遠くから見ると形よく葉が茂っていますが、近くに行くと、東京大空襲で戦災に遭い、幹が焼け、枯れ、痛々しい姿です。しかし、跡を継ぐように後方の元気な幹が見事に頑張っています。

『本郷の寺院』(本郷佛教会編)によると、シイは、焼夷弾数発の直撃を受けました。火は一昼夜燃えつづけて自然消失しましたが、シイは元の面影はなくなってしまいました。大きな焼けぼっくりになって残った枝も、台風の頃には地響きを立てて落下し、椎の木もいよいよ終わりかと思われましたが、幹の下の方から新しいヒコバエが芽生えて、みるみる大きく成長して多くの小枝を産みました。

木のそばの石柱には「天然記念物」と刻まれていますが、現在、どこの指定も受けていません。かつて国指定天然記念物でしたが、戦災のため指定解除、その後東京都に振り替える形で東京都指定になりましたが、「戦災により根幹以外の大部分を損傷」との事由でまた指定解除。しかし、命は繋がり続けました。立派な天然記念物です。

●東京都文京区
●文京区保護樹木
 元国指定天然記念物(大正15年10月~昭和29年3月)
 元東京都指定天然記念物((昭和29年8月~昭和33年10月)
●樹高約11m  幹周約8.2m
●撮影年月日 2013年2月17日

130217東京 榮松院の椎①

130217東京 榮松院の椎②

130217東京 榮松院の椎③

130217東京 榮松院の椎④

130217東京 榮松院の椎⑤

130217東京 榮松院の椎⑥

130217東京 榮松院の椎⑦


榮松院(えいしょういん)
天正17年(1589)に順誉聡含上人によって神田明神下に開かれました。慶安元年(1648)に神田明神下は幕府用地(見付建設)のため、現在地に移転しました。現住職は第二十代を数えるに至っていますが、その間、明暦の大火、元禄の火災、安政の地震など災難に遭遇し、再建復興されてきました。東京大空襲でも堂塔伽藍などすべて焼失しましたが、本尊様の御仏体と過去帳は、火災の中搬出されて無事だったそうです。
(参考文献『本郷の寺院』本郷佛教会編(昭和59年)

130217東京 榮松院の椎⑧

住 所 東京都文京区向丘2-35-7 榮松院
交 通 東京メトロ南北線「本駒込」徒歩5分  都営三田線「白山」徒歩8分

榮松院MAP



Posted on 2013/03/26 Tue. 20:22 [edit]

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善光寺坂のムク 

このクスは、すぐ近くにある慈眼院 澤蔵司(たくぞうす)稲荷が宿っているといわれています。
慈眼院のHPによると
『江戸名所図会「無量山境内大絵図」でも描かれているとおり
現存する「椋の木」は江戸時代も傳通院本坊から澤蔵司稲荷へ続く参道の途中に存在していました。
絵図によると「椋の木」の周りには「お茶屋」も有り無量山内の シンボリックな信仰の対象と同時に、木の周辺は憩いの場にも なっていたようです。
明治20年頃、東京府により道路整備、拡張の工事が行われ現在のように道路の真ん中に出てしまいました。
平成元年頃までは、まさに「椋の木」をはさんで左右共に車の通行が出来ました。
残念ながら昭和20年5月25日の空襲での火災で上部が焼け、危険なため昭和30年代に2/3ほど幹が伐採されて しまいました。』とのことです。

写真には写っていませんが、この木の前に塀のある家があり、作家の幸田露伴、娘の幸田文、孫娘の青木玉の旧宅(小石川の家)だそうで、青木玉さんのエッセイ集『こぼれ種』には、この木に関わるご家族のエピソードが記されています。

●東京都文京区
●樹高約8m  幹周4.7m  樹齢推定300年
●撮影年月日 2013年3月3日

130303東京 善光寺坂の椋①

130303東京 善光寺坂の椋②

130303東京 善光寺坂の椋③

130303東京 善光寺坂の椋④

130303東京 善光寺坂の椋⑤

調べた住所情報を元にいくら探しても目的のムクがありません。通りがかりの女性に訊ねると、住所情報は全然違っていました。ちょうど女性もそちら方面に向かわれる途中で、その方も巨樹好きで、歩きながら、NHK学園の巨樹ツアーに参加した話などして下さいました。巨樹好きな人と話せて嬉しかったです。

で、木の写真を撮っていましたら、通りがかりの高年男性が「木の写真を撮っているの?」と声をかけてくださり、ご自身も長年、日本全国のみならず世界の巨樹を撮り、多くの滝も撮ったと話されます。今は狛犬を撮っているそうです。学校の講師もされているそうで、完全にその道のプロの方です。本を出されているのですか?と尋ねると、かなり前だから、古本屋に行けばあるんじゃないかなとのお答え。「永瀬嘉平」というお名前を聞かせて頂きました。

家に帰ってネット検索で著書を探しましたら、出てきた本の中に、何と私の持っている本もあるではありませんか!!
確かにずいぶん前に買ったもので、関東周辺の巨樹のことが載っていて、よく役立たせていただいていた本です。全く気付かず、お礼を言い損ないました。ありがとうございます。この場を借りてお礼いたします。

私が調べた木の住所が正しくて、素直に木に辿り着けてしまったら、通りがかりの女性にもプロの方にも出会うことはなかったのです。間違い情報を手にしたおかげで、その時間にそこに来て、良い出会いに遭遇できました。起きる事には、失敗や偶然はないのだなぁと思います。

慈眼院 澤蔵司(たくぞうす)稲荷
ムクのある坂の上に傳通院が、下の方に慈眼院がありますが、もとは全て傳通院の寺域でした。
沢蔵司は、傳通院の学寮にいた修行僧でしたが、本当は稲荷大明神の化身でした。そばが大の好物で、沢蔵司がそば店に来た日は、売り上げ金の中に木の葉が1枚混じっていたいう言い伝えがあります。沢蔵司が通ったとされるそば店「稲荷蕎麦 萬盛」は現在もあり、江戸中期から始まったとされる店主による「そばの奉納」もずっと続いているそうです。

慈眼院澤蔵司稲荷HP

130303東京 善光寺坂の椋⑥

130303東京 善光寺坂の椋⑦

住 所 東京都文京区小石川3-17
交 通 都営新宿三田線・都営大江戸線「春日駅」徒歩10分

慈眼院MAP

Posted on 2013/03/07 Thu. 21:38 [edit]

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本郷弓町のクス 

周囲は高層の建物で、日当たりは良くないのではと思うのですが、とても堂々としてきれいな木で、天然記念物に指定されていないのが不思議なくらいです。案内板によると、この木の管理は高層マンションの管理組合です。この木が気に入ってマンションに住まれた方もいることでしょう。

この辺りは、元は「弓町」という町名でしたが「本郷」に替わりました。かつての名も入れて「本郷弓町のクスノキ」と呼ばれています。また、以前は「楠亭」というレストランがあったことから、「楠亭のクスノキ」とも呼ばれています。

●東京都文京区
●文京区指定保護樹木(文京区で一番大きい樹木)
●樹高20m  幹周6m  樹齢推定600年
●撮影年月日 2013年2月17日

130217東京 本郷弓町の楠①

130217東京 本郷弓町の楠②

130217東京 本郷弓町の楠⑥

130217東京 本郷弓町の楠⑤

130217東京 本郷弓町の楠④

司馬遼太郎さんの本によると

クスノキは、旗本甲斐庄氏の屋敷跡にあります。戦国末期、楠木正成の末裔である甲斐庄兵右衛門正治が浜松にやってきた時、浜松城主だった徳川家康に家臣団に加えられ、様々な功を成した甲斐庄氏は、寛政時代には、知行四千万石という旗本になったそうです。

甲斐庄氏が本郷に屋敷地をもらい受けた江戸初期は、クスノキは樹齢200年以上の大楠でした。甲斐庄氏の子孫は、自分の先祖が楠木氏だったからか、門前の大楠を代々みてきたからか、明治維新の後、姓を「甲斐庄」から「楠」に変えたそうです。大正の初めに屋敷を駒澤氏に譲りました。

駒澤氏は、古い屋敷を大正風の木造西洋館に建て替え、その後、中山氏の父君に譲りました。中山氏は西洋館と大楠を保存するため、長年勤めてきた国鉄を退職して、「楠亭」というフランス料理屋を始めた、ということです。

(参考文献:『街道をゆく37 本郷界隈』司馬遼太郎(朝日新聞社 1992年))

現在は、西洋館は高層マンションに替わり、その1階に「PAISIBLE(ベビーブル)」というフレンチレストランがあります。こちらのHPでもクスノキのことが載っています。

PAISIBLE

本郷弓町のクスノキ
住 所 文京区本郷1-28-32 パークハウス楠郷壷前
交 通 東京メトロ丸の内線「本郷三丁目」下車徒歩5分

本郷弓町のクスノキMAP

Posted on 2013/02/24 Sun. 12:14 [edit]

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善養寺の影向(ようごう)の松 

大正15年(1926)に東京都の天然記念物の指定を受け、 更に平成23年(2011)に国の天然記念物の指定を受けています。 茂っている広さが約900平方メートル(272坪)は、日本一の広がりで、幹を支える支柱は82本もあります。
影向(ようごう)とは、神仏がこの世に現れた姿のことです。松の根元にある石は「影向の石」と呼ばれ、仏像泥棒の足が張り付いた伝説があります。

●東京都江戸川区
●国指定天然記念物・東京都指定天然記念物・新日本名木百選
●樹高平均3m(最大8m)  幹周4.5m  樹齢推定600年
●撮影年月日 2013年1月6日

130106東京善養寺影向の松①

130106東京善養寺影向の松②

130106東京善養寺影向の松③

130106東京善養寺影向の松④

130106東京善養寺影向の松⑤

130106東京善養寺影向の松⑥

130106東京善養寺影向の松⑧

善養寺(小岩不動)
大永7年(1527)に山城国醍醐山の頼澄法師が、夢のお告げに従ってこの地を訪れて、不動明王を祀ったのが始まりと伝えられていますが、永正6年(1509)に 宗長が善養寺に立ち寄ったことが連歌師宗長の紀行文に記載されており、それ以前の創建のようです。
130106東京善養寺影向の松

交 通 京成本線「江戸川駅」下車徒歩20分
    JR総武線「小岩駅」から京成バス「江戸川病院前」下車徒歩3分
住 所 東京都江戸川区東小岩2丁目24-2

善養寺(小岩不動)MAP


Posted on 2013/01/14 Mon. 07:32 [edit]

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芝東照宮のイチョウ 

この木は、1641年(寛永18年)に江戸幕府三代将軍・徳川家光が安国殿の再建を行った際に植えられたといわれています。1930年(昭和5年)に国指定天然記念物に指定されましたが、1952年に文化財保護法改正により指定解除、1956年(昭和31年)に東京都指定天然記念物として再指定されました。第二次世界大戦の空襲で神社の本殿等は焼失しましたが、イチョウは残ったそうです。

●東京都港区
●東京都指定天然記念物
●樹高 約21.5m  幹周約6.5m  樹齢推定350年
●撮影年月日 2012年12月15日

121215東京芝東照宮銀杏①

121215東京芝東照宮銀杏②

121215東京芝東照宮銀杏④

121215東京芝東照宮銀杏⑤

121215東京芝東照宮銀杏⑥

芝東照宮
江戸時代には隣接する増上寺の安国殿でしたが、明治初めの神仏分離令によって増上寺から切り離され、芝東照宮となりました。

121215東京芝東照宮

住 所 東京都港区芝公園4-8-10
交 通 都営地下鉄三田線「芝公園駅」より徒歩1分

芝東照宮MAP

Posted on 2013/01/09 Wed. 20:53 [edit]

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玉川神社のとっくりグス 

根元に近い幹が徳利のようなひょうきんな形のクスです。しかし、上を見上げると枝ぶりがカッコいい。撮るのが飽きない木でした。

●東京都世田谷区
●世田谷区名木百選
●樹高13.5m  幹周4.65m
●撮影年月日 2012年10月28日

121028東京 玉川神社クス①

121028東京 玉川神社クス③

121028東京 玉川神社クス④

121028東京 玉川神社クス⑦

121028東京 玉川神社クス⑧

樹の近くに、少し大きめの石が一つだけ転がっていました。これが写真を撮るのにとても役に立ちました。「石さん、ありがとう」
121028東京 玉川神社②

玉川神社
「文亀年間(1501~04)に世田谷城主 吉良頼康が勧請したものと伝え、別当は、満願寺で等々力村の鎮守であった。明治五年に村社に定められ、同41年に熊野神社の社号を玉川神社と改め、付近の天祖神社、諏訪神社、御嶽神社を合祀した。境内には、郷土開発の偉人、豊田正治翁の碑などがある。」(世田谷区教育委員会の案内板より)
121028東京 玉川神社①

住 所 東京都世田谷区等々力3丁目27-7 
交 通 東急大井町線「等々力駅」下車北に徒歩5分

玉川神社MAP

Posted on 2012/12/02 Sun. 15:33 [edit]

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善養密寺の大カヤ 

20121028東京 善養寺カヤ⑦

このカヤには伝説があります。富豪の娘が遊びに行った多摩川辺で、洪水を予知するカニの親子を高台に移して助け、その後川は洪水となりました。翌日カニの親子から信仰の木といわれるカヤの実をお礼にもらい、この実を植えたのが境内の大木になった、ということです。(この木は雌株で、2年ごとにたくさんの実をつけるそうです。)

●東京都世田谷区
●東京都指定天然記念物
●樹高22.6m  幹周5.25m  樹齢推定600~700年
●撮影年月日 2012年10月28日

20121028東京都 善養寺の大

写真では見えませんが、穴の中には石塔(大日如来)があります。
20121028東京 善養寺カヤ②

多摩川の精 たま坊
沢ガニ伝説からか、木のそばには沢ガニや蛙や河童の石像が設置されています。
20121028東京 善養寺カヤ③

20121028東京 善養寺カヤ④

地面まで垂れている枝
20121028東京 善養寺カヤ⑤

善養密寺
京都東山の総本山智積院の末寺。古くは深沢にあったものが移されて来たと伝えられています。
色々な像が敷地内至る所にあり、石像テーマパークのような寺です。入口側には大きな石像が並んでいて、思わず、ここお寺?と思ってしまいました。

20121028東京都 善養寺①

20121028東京都 善養寺②

20121028東京都 善養寺③

住 所 東京都世田谷区野毛2-7-11
交 通 東急大井町線「等々力駅」下車徒歩20分(等々力渓谷を入ると自然や静けさを楽しめます)

善養密寺MAP

Posted on 2012/11/24 Sat. 08:58 [edit]

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法禅寺のイチョウ 

周囲に高い建物がないということもあり、遠くからでも目立つ巨樹です。目の前にすると葉っぱの生き物というくらい根元からびっしりと葉がつき、勢いが盛んです。
お寺の南北は道が通じているので、お寺は通り道にもなっています。通りがかりのご年配女性が「あら、暑いのにご苦労さま。」と声をかけてくださいました。この木は切ってしまったので、前はもっと高かった、ということでした。

●品川区指定天然記念物
●樹高25m  幹周3.4m  樹齢推定約400年。
●撮影年月日 2012年8月4日

東京都品川区 法禅寺のイチョウ①2012_0804

東京都品川区 法禅寺のイチョウ③2012_0804

東京都品川区 法禅寺のイチョウ④2012_0804

東京都品川区 法禅寺のイチョウ⑤2012_0804

法禅寺
東京芝増上寺の末寺で総本山は京都・知恩院。至徳元年(1384)、言誉上人が法然上人自刻の像を祭って建立したのが始まりと伝えられています。徳川五代将軍綱吉の実母、桂昌院の帰依を受けた寺として知られています。品川区指定文化財が多くあり、門の前には「品川小学校発祥之地」の碑もあります。

法禅寺板碑
法禅寺の板碑は、品川御殿山から出土したものの一部で、破片を含めると121基もあり、1か所からの大量の出土は珍しいとのこと。最も古いものは徳冶3年(1308)、新しいものは延徳2年(1490)と確認されているそうです。
東京都品川区 法禅寺①2012_0804

流民叢塚碑
天保の大飢饉でなくなった人たちを祀る供養塔です。
天保4年(1833)に始まった天候不順は、多数の餓死者を出しました。品川宿には、農村などから流浪してた者が多く、891人を数えるに至ったといわれています。死者は法禅寺と海蔵寺に葬られ、法禅寺には500人余りが埋葬されたそうです。
東京都品川区 法禅寺②2012_0804

ご近所の路地で井戸発見!風情があって良いですね。
東京都品川区 法禅寺近所の井戸①2012_0804  東京都品川区 法禅寺近所の井戸②2012_0804

住 所 東京都品川区北品川2-2-14
交 通 京急本線「新馬場駅」から徒歩5分

法禅寺MAP

Posted on 2012/08/16 Thu. 22:17 [edit]

thread: 植物の写真

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品川寺(ほんせんじ)のイチョウ 

本殿の隣にある、乳根の大きいイチョウです。イチョウの前には2基の庚申塔があり、三猿が彫られています。大きい方は自然石で1680年に造られました。立ち入り禁止にカラーコーンがあるのが少々違和感。もう少し風情のあるもの使ってくれてもと思ってしまいました。

●品川区指定天然記念物
●樹高25m  幹周5.35m  樹齢推定300~600年
●撮影年月日 2012年8月4日

東京都品川区 品川寺のイチョウ②2012_0804

東京都品川区 品川寺のイチョウ⑤2012_0804

東京都品川区 品川寺のイチョウ⑥2012_0804

東京都品川区 品川寺のイチョウ④2012_0804

品川寺(ほんせんじ)
大同5年(810)創建。真言宗醍醐派の寺院。秋には柴灯大護摩・火渡り荒行の行事があります。
江戸六地蔵第一番の銅製地蔵菩薩坐像や東海七福神の1つ毘沙門天が祀られています。
また、明歴3年(1657年)9月18日に鋳造された梵鐘は、1867年のパリ万博に出品された後行方不明になりました。その後スイス、ジュネーブ市の博物館に所有されているのが分かり返還交渉の末、昭和5年5月5日、約70年ぶりに里帰りしたそうです。

東京都品川区 品川寺のイチョウ⑦2012_0804

住 所 品川区南品川3-5-17
交 通 京急本線「青物横町駅」から徒歩5分

品川寺MAP

Posted on 2012/08/09 Thu. 17:35 [edit]

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県別巨樹